京都の食べ物

2006/5/1

京都の食べ物についての館長の偏見は大変なもので、その大きさと重量感で近づきがたい障害となって、館長の前に立ちはだかっている。現地では橋の袂の松葉 屋のニシンそばか、新京極の家族亭くらいか、又八橋くらいを全国菓子祭りの会場でこっそり購う程度でお茶を濁してきた。

もう数十年前に、現在バンガロール在住のk氏と美濃吉で食事をした経験がある。京都での後輩の結婚式があるの知り、飛込みで参加しようと企みた。k氏は招待状を受け取っており、館長はたまたまインドから日本へ来ていたということで、しかも西に行く用事があったので、たくらんだのである。(その詳細は別の機会にする。)k氏の了解を取り付け、美濃吉に電話をして昼を予約した。そのとき、当然のことながら幾らですかと美濃吉に聞くと、最低の3500円から上はいかほどでもとの答えであった。館長は、「では一人前5万円で」とお願いした。

実際に言ってみると、離れの一室が用意されて、料理は凝ったものが次から次へと出て最後はすっぽんであったと記憶する。でも、あまり感心しなかったような気がする。腹はいっぱいになったことは確かである。これが後遺症となって蟠っていた様である。

あれから何十年経ったのだろうか。昔インドで一緒で、今回縁あって京都で講演することでお世話になる京都七軒家出身のOさんが晩飯をご馳走してくれるとのことだったんで、時間のこともありあまり期待しないで京都の講演を終えた。

つれて行かれたところは、裁判所裏の「ないとう」さんと言うとんかつやさんであった。京都独特の町屋を改良した内装に気を使った居心地の良い店で、入っただけでも来たかいがあったと思った。あまり口の良くない、洗い子さんにきついご主人はお客には適度の愛想を振る気の置けない店であった。

とんかつやと言うと御幣がある。今風に言うと、いやな言葉であるが、「とんかつ割烹」と言うべきかも知れない。出てくるもの全てが館長の興味を引き、又館長の舌を満足してくれるものであった。旬の筍の料理、素揚げはあくまで甘く、フライは煮付けを揚げたもので感服した。生ハムに使うケイパーは何時もスモークサーモンで慣れた酢漬けではなく塩漬けを使う繊細さは、格別でしたし、蛍烏賊も富山と日本の春の思いを入れたもてなしで館長感激であった。最後のヒレのとんかつのからしは辛さを活かした洋芥子でお見事でした。甘い和芥子ではこうは行かないと言うことが良くわかった。

再度行って見たいと思い、ご馳走してくれたO氏に感謝である。O氏のご馳走と言うことであまり期待をしていなかった館長は帰りの新幹線で自分の不明を恥じた。O氏のセンスは京都のセンスであったことよ。

京都は、知ってる人に案内してもらうと、もらわないとでは格差が出すぎるとこである。又京都へ行こうと思った。

食べ物の写真は一切撮らなかった。食べるのに夢中で、又写真を撮るのは食べ物に失礼な感じがしたのかもしれない。

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