タジマハル

2006/10/7

今まで館長は何回タジマハルを見物するためにUP州のアグラ市を訪れたのだろうか。

1961年の第一回の訪問は、日印親善学生使節団の時であった。そのときはビビカマクバルの廟を見た後であったので、ムガルの人たちは皆こんな廟を死んだ夫人のために立てるのかとの感想を持った。

家族で訪れたことも有る。月光のタジマハルに感動したことも有る。会社の人たちと団体で訪れたことも有る。でも、一番多かったのがお客を案内するいわゆるアテンドと称する観光案内であった。

ガイドにもそれぞれ思い出がある。日本の製鉄メーカーの方々を案内したとき、ガイドより通りがかりの12〜3才の子供がとても調子よく一行に絡んでくれて、暑さも忘れて会話を楽しんだこともあった。今頃彼はどうなっているのだろうか。

何時行ってもタジマハルはタジマハルで変わらない。写真にならない。暑い。廟内が匂う。物売りがしつっこい。綺麗である。親しみがない。左右対称である。偶像崇拝を否定する回教の中での建物に対する規制はないのかとの感想。このままでは最終的には世界は回教徒の廟や墓で埋め尽くされるのではないかと言う恐怖。

変わったのは、世界遺産に指定され、いまや入場料と言うか拝観料と言うかチケットが外人用は750ルピー(1875円)と高くなったことであろうか。インド人観光客は20ルピー(50円)である。インド人観光客と書いてあるのは、廟を信仰の対象としてのお参りや、祈りを捧げてはならないという意味であろうか。又、持ち込める品物が限定されれるのはテロ対策とはいえ味気ない世になったものである。でも、カメラが許されているのは救いである。カメラ付きの携帯は不可である。

素朴な疑問が有る。タジマハルの名前の由来である。

ご存知、シャージャハンと言うムガルの王がその亡くなった夫人のために作った墓所である。その夫人は、19才のときに嫁ぎ、38才で14人目の子供を生む時に亡くなった人もうらやむ多産系の夫人であった。彼女の名前はArjumand Banu Begumであり、ムムターズマハル(Mumtz Mahal=宮廷の慈宝、ペルシャ語)と呼ばれていた。それで、タジマハルと呼ばれるらしい。

タジマハルの建設には22年(1631年から1653年)かかり、その材料は、インド国内、周辺のアジアの国々から集められた。白色大理石は、国内のラージャスタン産であり、、ジャスパーはパンジャブから、ジェードは中国から、トルコ石はチベットから、ラピスラズリーはアフガンから、サファイアはシュリランカから、カーネリアン(赤瑪瑙)は中近東からと28種類の宝石や貴石が白い大理石に埋め込まれた。

このインレイ技術を引継いだ大理石に貴石を埋め込んだテーブルトップやお皿などがアグラの名物になっている。

インドの回教徒は、デリーのジャママスジッド(Jama Masjid)とタジマハルをお参りするとハッジ(イスラーム教徒が実践しなければならない「イスラームの五柱」の一つで、決められた時期にサウディアラビアのメッカで巡礼することです。日本語では「大巡礼」とも呼ばれています。それを行うと一人前になり、それなりの帽子をかぶる。)に成れると言うローカルルールがあると聞いたことが有る。インディアンハッジである。そのため、タジマハルをお参りする回教徒が多いが、祈りを捧げる人は見当たらない。

これからも何回かタジマハルを訪れることになるのだろうか。訪れるたびごとにタジマハルは変わらないが、館長が変わってきている。アグラ城からタジマハルを望んだときに感じた感激も、いまやアグラ城まで行ってこの白亜の廟を見る気力もない。後ろを流れるヤムナ川を越えて向うの黒い廟を自分のために作ろうとしたシャージャハンが残した土台跡に感慨を馳せる気も昔と違っているようである。丸ビルの何倍かとの感慨もいまやその丸ビルがないのであるからして・・

でも何回訪れてもそれなりの興感と感慨があるのであるから、タジマハルもなかなかのものである。堂々たる世界遺産である。富士山に登らぬ馬鹿と、二度登る馬鹿と言う言い方が富士宮にはあった。館長は3回登っている。
門扉である・・打ち出したものか、鋳たものか、なかなかのものである・・
敷地内に有る正面の門である・・大理石と砂岩のバランスが大変良いと館長は思う・・
熱弁をふるうアリ君23才・・独身である・・大学生である・・
砂岩を彫りぬいた技術に脱帽である・・砂岩は硬くて劈開しやすいので、彫りぬいて一体ものを作るのは大変だろう・・
砂岩に浮き彫りしたものである・・線を彫るのではなく、線を残して浮き彫りを完成させる根気に敬意・・
タジマハルの写真を載せなければとの思いでの写真である・
廟の入り口の左側・・ここは砂岩ではなく、大理石の透かし彫りと、インレイワークである・・このインレイがお土産の元となっている・・
お土産屋のインレイワークより品格が有る・・使う貴石の厚さも違う・・3倍くらい違うようである・・
大理石に刻まれたレリーフであるが、チューリップの描写に嘘がある・・1961年来疑問に思っている・・未だに枝分かれしたチゥーリップを館長は見ていない・・
この辺りの装飾も館長は好きである・・
タジマハルの本体の裏側である・・右奥はヤムナ川・・本体の影で休んでいる・・心の中では礼拝をしている回教徒もいるのかも・・
抱くの所へ掲載したい絵でもある・・
大理石のインレイワークを施した象の像である・・
同じく壷である・・文様に品格が失われているように館長には思われるがいかが・・

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