デリーの遺跡

2006/6/20

外部から侵略してきた回教徒は、1200年代の前半にデリーを首都とした。

インドの建築技術は、回教徒が盛んに城や、墓を作り出すまでは、大したものはなかったようである。

インドにある26の世界遺産(2006/6現在)中で、人工の文化遺産は 21箇所であるが、その中で、建築技術で優れているのは殆どが回教徒が作ったものである。(それ以外の遺跡は、文化遺産としての価値は、建築技術が劣っていたとしても決して減じるものではない。)

その回教徒が、首都としたデリーには、レッドフォート、フマユーンの墓廟等の巨大な素晴らしい遺跡が数多くあるが、それ以外にも町のどこにでも回教徒の史跡が散在する。その数は1000箇所を超える。(日本の専門家が1950年代の終わりに調査した報告書があるはずである。)

インド政府は、これらの史跡の中から保存に値すると思われるものを保存するように努力している。国家財政厳しいときも、この努力は継続された。既載したデリーゴルフクラブ内の遺跡も、保存の措置のとられているものと、朽ちるに任せるものがあるようだ。

ここに載せた写真はハウスカースの住宅街にあるものであるが、日本ならさしずめ遺跡饅頭か羊羹が売り出されそうな遺跡と思うが、ひっそりとたたずんでいる。館長は一見に値すると思うのでカメラを向けた次第である。

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