武器

2006/10/5

日本の教育では、どぎつい物を見せないようにしている。あたかも世の中には醜いもの、毒々しいもの、残虐なもの、非人道的なもの、危険なもの、冷たいもの、むかつくもの、非人情なもの、あってはならないものは、存在しないかのように扱う。従ってそのようなものは、際物週刊誌等ですら扱わない。死体の写真、交通事故の惨状、手錠をかけられた犯人、ギトギトした武器、汚らしい現場等が報道されない。マスコミは自主規制とか言って、報道の自由を放棄している。

実際の生活では、死体にも遭遇する可能性はあるし、交通事故の惨状の現場で手助けをする必要に迫られたり、ボランティアで神戸に手伝いに行き肝を潰し、火事の現場で半焼けの両親を見つけることも、ホームに挟まれた友人を助けられずに固まることもあるし、父親が手錠をかけられる可能性だってある。

普段から見慣れていないと、そのとき役に立たないのが当たり前で、ただただうろうろしたり、固まったりして、邪魔になるだけになりかねない。日本の教育はそんなものである。天国に生活しているのであればいざ知らず、現実は厳しいことを要求している。危険地域に全て柵を作り回すことは無理であり、柵のないこの世の危険一杯の地獄への入り口に踏み込まずにいかに生きるかの知恵を授けるのが教育であろうに。

でも、あまりに日常的にその様な物を目にすると、慣れの問題も発生する。武器を日常的に見ていると、いつかは使ってみたいと言う気持ちにもなるかもしれない。何時見てもどきどきする人もいるかもしれないが、困ったことに、館長はなれてしまったのである。

インドでは、交通整理のお巡りさん、銀行のガードマン、名所旧跡のお巡りさんが、日常的に、散弾銃や、自動小銃を持っている。昔は暴徒を前にして恐怖に駆られた警官が発砲すると言うことがママあったと聞くが、最近はそれは聞かない。でも、日本に較べると武器の露出が頻繁である。なれないとどきどきして心臓に悪い。特に館長は心臓を患っているため慣れるほうを選んだのかもしれない。今では、武器のそばを通ってもどきどきすることはなくなった。
アグラのタジマハルのチケット売り場にいたシックの警官。一寸隙を窺って写真を撮った・・
すぐに気がつかれ、怒られるかと思いのほか、姿勢を正して、写真を撮れとのポーズである・・インドはいいところかも・・
ジャイプール街道の料金所のガードである・・年のせいか散弾銃が重そうである・・
Safdarjung EnclaveのLocal Commercial Complex(大和屋さんがここにある)のとある店の前のガードである・・

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