デリーの地

2006/6/21
2006/8/7追加

デカン高原の北端に位置するデリーは、荒地であったようだ。

北西のパンジャブ州はその名の示すように、水の豊富な地域である。パンジャブの語源は、パンチ+アブで、パンチは5を意味して、アブは水を意味する。いわゆるインダス河の五つの支流に囲まれた五河地方と言うわけである。パンジャブ州は、インド・パキスタン両国に同じ名前で存在し合わせて五河が成立する。三つの河はパキスタン側にある。

デリーの北側を流れるヤムナ川は、ガンジス川の支流で、延々とベンガル湾までじっくりと流れる。

インドの地形は概してスケールが大きく、細かな谷はないので、日本のように細い川は多くない。従い灌漑をしないと平面に水が行き渡らない。パンジャブ州は、既存の川を利用して、網の目運河を作り灌漑をして、グリーンレボリューションを成功させた。

デリー辺りでは、そのような網の目運河を作る河はヤムナ一本では到底無理で、灌漑は進んでいない。但し、岩盤がかなり浅いところにあり、3〜40メートル井戸を掘るとかなりの水量が確保される。ヤムナの伏流水である。ヤムナの伏流水は、使えるが、さらに100メートル、200メートル掘ると太古の海の塩を含む水を掘り出してしまう。。これはいただけない。

アグラとジャイプールの間にあるかの有名なファティプルシクリは、建設後水が問題で廃都となった。この辺りは、荒地であった。

日本人学校を建設する際にも、石・岩ゴロゴロの荒地を均した経験があるが、石・岩ゴロゴロはこの辺りの名物である。
JNU(Jawaharlal Nehru University)の近所の切通しである。表層土は殆ど無く、岩が露出しているところもある。日本人学校の傾斜地では岩が殆ど露出していた。

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