散歩の功徳

2004/3/14

徳の一 : 小人閑居して不善をなす

西高の授業の思い出はいろいろあるが、「小人閑居して不善をなす」という漢文の最所さんの論語の授業と、オキャンだったか石井さんだったかの「On Doing Nothing」 と言うモームのエッセイの表題を最近思い起こす。英語の授業での内容は何も思い出さないが、頭の中でこの二つのフレーズが繋がって巴を描いてぐるぐる回っている。何もしないということはさしずめ禅で言う「無」ことかなと思い、それは小人には無理で結局不善をしてしまう。どんな不善かは人により違うであろうし、年によっても違うだろう。青春時代には暇があれば自慰を貪ったりは、小金があればパチンコをやったり、食い歩いたり、ボーっとテレビを見たりなども不善かなと思い至る。閑居をなくせば不善が出来かねるわけで、その手段として、散歩は役立ったようだ。2003年は一日平均約12キロを歩いた。歩行時間は毎日3時間弱というところか。朝9時か10時ごろ「行って来ます」の挨拶をして、夕方5時かそこいらに帰宅する。一日8時間前後家を留守にする。それだけの間不善をなす時間がないのは小人にとって素晴らしいことであった。

徳の二 : 健康増進

今まで年数回引き込んでいた風邪を一度も引かずに済んだのは望外の余得であった。あらゆるタイプの頭痛持ちが一度も頭痛薬の世話にならなかったのは、毎朝飲む血液コントロールのための小児用バッファリンのせいではあるまい。また、毎月行う糖尿病の血液検査の結果はついにヘモグロビンAC6.0以外は全て基準内に収まる結果となった。体重も80キロを割り身が軽くなった。ダイエットは目標を定めてやるものではなく、生活習慣を変えることであることと喝破した。目標を達成後にリバウンドするのは当たり前である。三ヶ月善人ぶっても、その後従前に戻ればそれは罪人であろう。生涯善人にならねば罪障は消えぬわけだ。だから一生歩き続けることになりそうである。三食それぞれが干天の慈雨のごとく体にしみこむ甘露で、快便快眠を得たことも余得の二である。

徳の三 : 距離に自信がもてるようになった

2004年の1月17日には、新宿区帰宅困難者対策協議会と日本赤十字社東京都支部共催の、災害時徒歩帰宅訓練に参加して、新宿の中央公園から立川市役所までの約30キロを踏破した。08:20出発で15:02分に目的地に到達した。別に速度を争う大会ではなかったが、約300人参加した中で上位30位以内には入ったようだ。今は、国分寺から立川、吉祥寺は歩いてゆく目的地になっている。山手線の内側もなるたけ歩いてつくことにしている。江戸の参勤交代の時代の人は峠を越して、故郷に足を踏み入れ、我が出生の地を遠望した時の感激はいかばかりのものか想像を絶するが、故郷の村や町が見えてから、さらに一刻二刻歩かねば家に到達できない世界に住んでいたわけで、歩いて10分の距離をタクシー、地下鉄を探す現代人とは距離の感覚が全く異なっていたと想像できるようになった。指呼の間といっても、中野坂上から都庁ビルは遠望できる。そこに到達するには30分は歩いて必要であるが、歩きなれてみると30分、1時間はまさにすぐそこの距離になる。池袋から新宿まで1時間、我が家から吉祥寺まで2時間余り、立川までは1時間半弱、距離感にも自信がついた。

徳の四 : 方向音痴が道を覚えた

方向音痴は生まれついてのものゆえ、なかなか直らないようだが、道を覚えた。町田に行くときに出会った川崎街道が、八王子に行くときに日野の駅の近所から始まっているのを発見した。関戸橋を渡って聖蹟桜ヶ丘からゴルフ場を迂回するときにも出会うし、なかなかしたたかな街道である。青梅街道も何回も横切った。武蔵村山の「かたくりの湯」に行くとき、東久留米のお風呂の王様に行くときにも横切る道であった。いろいろな道を何回も通ると道端に落ちている石ころまで馴染みになる。それでもへぇっと言うことで方向が分からなくなるので、時に磁石のお世話になるが、随分道を覚えた。お世話になる道々は、甲州街道、川崎街道、青梅街道、新青梅街道、奥多摩街道、新奥多摩街道、府中街道、五日市街道、千川街道、佐須街道、水車道、川越街道、小金井街道、新小金井街道、連雀通、井の頭通り、緑街道、芋窪街道、すずかけ通、大山通、立川通、南北道路、内藤橋街道、玉川上水通、数え上げると限がない。方向音痴が道を覚えた。

徳の五 : 歩行は運動神経には無関係

寝ていて足がつることが良くあったがそれがなくなった。階段が恐ろしくなくなった。乾燥湿疹が治まり気味である。以前は冬の間毎日塗っていた資生堂のハンドクリームをこの冬は数回塗るだけで済んだ。連続2時間歩くことが可能になった。5分休めばまた2時間歩けるようになった。昼食を量取らなくてもよいことが分かった。運動神経が無くとも歩くことは出来る。歩くリズムを見につけると体力に自信がつく。

徳の六 : 名所旧跡などを見たりする

調布、日野、武蔵野あたりは新撰組ののぼりが誠に多い。日野の駅近くの日野館は今はそばやだが、新撰組のゆかりの建物である。立川国分寺崖線に沿い泉が多い。武蔵野にある山の裾野から中腹にかけて神社が多いのに驚く。神明社、八幡様、熊野神社、諏訪神社、お稲荷さんいろいろある。寺も馬鹿にならない。僕の地図にない多摩川にかかる石田大橋の正面に富士山が見えるのもとてもいい。サクラの名所も数々ある。立川市民病院の駐車場のサクラが樹形とそのそろい方が秀逸で良い。公園も何も無い公園からトイレのつきの公園までいろいろある。

徳の七 : 気になる発見をする

新小平の駅から小平に向かった青梅街道に「うまいラーメンショップ」がある。木曜日はラーメンの日と称し、ラーメン150円。今は値上げで250円。新小平駅前のベーカリーの小倉アンパンも捨てがたい。青木屋のみたらし団子90円もなかなかである。五日市の砂川4番あたりの回転すし『焼津丸』の鮪3貫90円も発見である。しかも大根汁とあら汁がサービスもありがたい。ヤマザキの吹雪饅頭84円がよい。これはイトーヨウカドーとケイオーストアーにある。深大寺のそばもよい。国立の北山商店街の東屋さんの吹雪饅頭もよい。80円。コンビニの中華饅頭競争も面白い。おにぎり戦争も面白かった。飲み物はヘルシアに決まり。これに勝るものなし。

徳の八 : 駄賃が欲しくて歩く小人

小人は無目的で歩けるわけがない。歩行禅などとんでもない。なにか駄賃がないと歩けない。食い歩きもその一つかも知れないが、それは節食に反する。それで目標を温泉とスーパー銭湯に定めた。調べてみると結構ある。一番近い温泉は、小平の青梅街道沿いにある「テルメ小川」で1時間半はかからない。一寸しょっぱい紅茶色の温泉である。800円。二時間歩くと深大寺の「ゆかり」に行ける。コーヒー色の温泉である。カラスの行水コース(1時間)1000円。東久留米のスーパー銭湯「お風呂の王様」も良い。3時間歩けば、武蔵村山「かたくりの湯」無色透明の温泉、仙川のスーパー銭湯「ゆけむりの里」、多摩テックの「クアガーデン」ブランディーの水割り色の温泉、所沢の「湯の森」もある。昭島の「スパ昭島」も捨てたものでもない。4時間歩けば八王子の「やすらぎの湯」にも行き着ける。歩いた後のドブンはまさに極楽で、アリガタヤ!アリガタヤ!である。冬の寒さの中の露天風呂、夏の下着まで濡れ鼠の暑い風呂、これに勝る快感ありやと悦に入る。駄賃として最高のものであると実感している。

徳の九 : 忘れていた四季を実感する

  いい香りがすると首をめぐらせると、香りの元は沈丁花であった。梅の微かな香りがすっ飛んでしまう強い香り。沈丁花が香るとこぶしが咲く。そしてサクラ、さらにハナミズキと進む。つつじさつきがこんなに多かったのかと驚いたりする。野川の畔の雪柳も見事である。筍も出てくる。そして夏。せみである。「か たくりの湯」から山口観音へ抜ける山間の道の蝉が良いが、市谷堤のみんみんも捨てがたい。金木犀が多い東京で銀木犀が香るところが散歩の途中に2箇所ある。銀木星の香りのほうが奥ゆかしく感じるのは貴重な所為か自問してしまったりする。秋の紅葉もなかなかでる。ふと落ち葉を踏みしめ、桜餅の香りを感じるとああここは春には花が咲いていたと思い出す。忘れていた季節感を歩きながら最近感じて、地球の鼓動を聞き取っているように感じる。人が生きるということは、大地のリズムを感得することをもって至高とするのではないかなどと考えるのは、加齢の所為か、散歩の功徳か。
 

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