ビノードの村へ ]Y

2009/7/14

ヴァラナシからニューデリーへ

予定を繰り上げて、11:30にホテルを出発することにした。館長は昨夜のChowkのブッフェ(バイキング)の朝飯に満足して、出発まで悠々と部屋で休んだ。アキオとサビットも同じ便ではないが我々のジェットエアーの一つ前のキングフィッシャー便でデリーへ行くと言うので、四人でINNOVAに乗りこんだ。入口は異なるが飛行場の中へ入れば一緒で、出発まで四人でおしゃべりである。

機内のビノードは、はじめはひじ掛けをギュッと握りしめ緊張気味であったが、15分もするとすっかり飛行に慣れたようである。デリーのインディラガンディー国際空港にはネパール人のラマ・ドライバーが定刻16:00に到着した我々二人を迎えてくれた。車に乗ると、まず第一に、ワダワさんに無事予定通り帰ってきたことを報告して安心して貰った。旅の終わりである。感無量と言うか、良い旅であったと思いながら、そういえばカルカッタに駐在していたときに、ネパール人ドライバーのバハドゥールのカトマンズの実家を訪れ、兄貴と親父に会いそっくりな二人を見たことを思い出した。ビノードは親父さんより兄のマノージより男前である。

蛇足

ビノードについてである。

おそらくビノードは12〜3才の時に、マノージを頼ってヴァラナシに出てきたものと思われる。縁があり、アキオのところで1年くらい世話になり、館長のところへ来ることとなった経緯は前に書いた。

そのヴァラナシの2・3年の間に、電気を経験し、自動車を見、電話を知り、プロパンガスを使い、文明の利器に遭遇したわけである。そして館長のもと、マニの助手として2年、マンションの管理室の連中との交渉・接触、ガードマンとのやり取り、買い物の仕方、切符の買い方を習熟、日本食のコツなどを身につけた。そしてこの一年半で、自動車免許を取り、PANカードを作り、いっぱしの信心深い若い衆になった。

影響は、寝ている兄弟を起こすようなものだとゲーテは言ったと言うが、ビノードの中に寝ていた兄弟は想像を絶するキャパの兄弟達であった。

上に羅列したようなことは、彼の田舎には一切無い。にもかかわらず、彼はそれらを容易に受け入れ使いこなす才能を生まれながら持っていたのに吃驚する。生まれつき賢かったのであろう。

また彼の村には寺は無かったにも拘らず、ビノードの信心深さは尋常ではない。毎朝起きるとまずガネーシュのポスターにお参りする。ワダワさんのことろのプージャにも真面目に参加するし、グルガオン事務所の開所のプージャも畏まって参加した。近所の寺で何かあると参加しているようである。おそらくインド一の宗教都市ヴァラナシでの経験が信仰心を高めたのであろう。

今回館長はビノードの村まで行ってしまった。その結果、ビノードはグルガオンで一番身元のしっかりした使用人となったのである。

医者に言われた寿命を一年以上生きながらえている館長は、その延命がビノードの用意する食事で可能となったことを密かに感謝している。

良い旅をしたもんだ・・


これで最終章である・・
ニューデリーの飛行場で・・
インディラ・ガンディ・インターナショナル・エアポート
今朝のビノード。鞄を持って車のところまで運んでくれる。忘れものがないかと毎朝年寄りの世話をしてくれる。昨日は鍵と財布を忘れたのを持って来てくれた・・

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