ビノードの村へ [

2009/7/11

ビノードの村

ビノードの家は村の入り口にある。入口は道路に面していない。道路から、左に入る小道がある。中央に手押しポンプの井戸がある。その両脇を妊娠した牛が通る余裕のある小道である。その小道を4メートルほど入ると、ヤダブ家の入口が右手にある。

ヤダブ家に入ると、広間の中央にプラスティックの椅子が2脚置かれていた。我々を待っていたのである。村には電気がない。それなのに明るいのは、天窓からの灯りである。

ビノードと館長はやおら用意されたプラスティックの椅子に腰かけた。すると、長男の嫁がステンレスのお盆にお湯を入れて、足を洗う儀式を始めた。弥次喜多道中で、投宿する宿で女中に足を濯いで貰うのと同じ様なことだが、インドでは相手の足に触ると言うのは最高の尊敬の念を表す意味があり、心からの歓迎を意味している崇高な儀式の様である。

先ず館長の足を洗い、それから錦を飾ったビノードの帰還を祝っての足洗いである。ビノードは100ルピーの祝儀を渡したようであるが、館長は見て見ぬふりである。家の中はたたきでみな裸足であるが、館長はあえて足を濯いで貰った後も、スニーカーで通すことにした。

儀式の間中、いろいろな人が顔を出した。長男、ビノードの母親、長男、弟、妹、従兄弟たち、従姉妹たち、おじ・おばたち等々が次から次へと顔を出してきた。挨拶に来ると言うか、変な外人を見に来るのである。

ここより、屋上のほうが気持ちが良いと言うことで、屋上に移動する。雨がポツポツ降っているが、風も通り、確かに気持ちが良い。

屋上で気持ちよく涼んでいると、50メートル先のトヨタのINNOVAのところへ、ビノードとウメシュが行き、運転手のパルミンデールと揉めているようである。館長の感は、こんなところで一夜は明かせないと、ごねてると告げるので、すかさず、グルガオンのワダワさんに電話をした。
「無事に目的の村に着いたが、運転手がごねているので、ガヤのディーパックから、ここで一夜を明かすように指示を出させるようにして下さい。」と。
ビノードが困った様子で帰って来たので、「10分後にもう一度運転手を晩飯と一夜の宿に誘いなさい」と言うときょとんとした顔で、そうすると言う。
10分後にビノードに連れられて運転手も屋上に来た。食えない日本人を客にしたものだと言う顔つきをしているが、一応、一件落着である。

このスクナール村(部落)は、16軒のヤダブと6軒のモスリムからなっていると言う。16軒のヤダブの家の内、ビノードの家ともう一件が、レンガ壁に屋根が乗っている形で、あとは泥壁にカワラ作りである。ムスリムの家はレンガ壁作りである。
 
最後の50メートルに水たまりがあり、運転手のパルミンデールはぬかるみにはまるのは嫌だと、走行を拒否したので、この道は徒歩である・・
右手前のレンガ壁がビノードの家である・・立っているのはここまで道案内をしてきたウメシュである・・置いてあるレンガは、ビノード家の増築用のレンガの買置きである。
入口の水場で仕事中(ステンレスの食器を洗っていた)のビノードの妹たちである・・紺の服は学校の制服である。奥に見えるのが玄関であるが、戸がないのが特徴である・・
恥ずかしげに家に招じ入れるビノード・・
長男を中心に記念写真。戸口に見えるのは4男のプロモード・・電気がないので、灯りは天窓の日の光である・・
プロモードも入れての記念写真・・
長男の嫁が、館長の足を濯ぐ・・
スクナール村では、マノージとビノードが国の都であるニューーデリーの近郊のグルガオンで働いていると言うことは、間違いなく出世頭である。 錦を飾ったビノードも、兄嫁に足を濯いで貰う・・
近所の親戚が黙って変な外人を見に入ってくる・・ビノードの説明によると、親父さんの兄弟のおじさんとか何が何だかわからない・・誰もとがめないし、本人も何も気にしていないようである・・
マノージの子供を抱くビノード。その左は、泥製の米びつである。木製のベッドがあるのは、この辺りの家では珍しい・・この空間は元来は中庭であったもので、その名残の天窓があり、そこから灯りが入り込む・・その周りの祠のようなくぼみが多少はプライバシーが確保できる部屋であるが、戸は無く、布の幕が仕切りを作る・・
奥上からの村の風景。左の立木の裏側の彩色コンクリートがムスリムの人たちの家である。
左にちょっと見える、コンクリートがヤダブの家でビノードの家以外はここしかレンガ壁はない・・
この辺りを航空写真で見ると・・
これはビノードの村ではないが、恐らくその近所であろう・・

BACK NEXT  HOME