ビノードの村へ T

2009/7/10

旅行の動機

3年半前に、ヴァナラシのイーバのアキオから、「クック見習いを送るから、仕込んでくれませんか。」との話があり、「喜んで」と引き受けたのが、ビノードとの出会いであった。

ビノードは15才と言い、館長の肩までしか背丈がなく、子供子供した少年であった。

アキオに「月2000ルピー払おうか」と言ったら、「1500ルピーで良いですよ。」とのことであったので、500ルピーを積立てよい仕事ぶりであったら、最後に払おうと言うことになった。マニと言う40才位の使用人と、グルガオンのリッチモンド・パークの館長の家に住み込みとなった。

出身を聞くと、ビハール州であると言う。田舎はどんなところだと聞くと。「アッチャーガーオン(良い村)」と答えた。

その後、館長が日本へ帰るたび、一年に2度か3度田舎へ帰っていた。

その度に、館長が田舎はどうであったかと聞くと、「アッチャーター(良かった)」と言う答えであった。

そんな良いところであるなら、一度行ってみる必要があろうと館長は考えた。

2年で一応館長が帰ることになり、良く仕事をやったので、1万ルピーを退職祝いとしてあげた。

その数か月後、また館長のところで働くことになり、今度は一人前のノーカリー(使用人)として扱うことにして、住み込みで3000ルピー/月ということになった。

特別退職金でビノードは携帯電話を買っていた。今は、日本食は殆どこなすようになり、給料も4000ルピーとなっている。背丈も館長を超し、立派な若い衆になった。

アキオとの約束もあり、ヴァラナシに帰る気があるかとビノードに聞くと、帰りたくないと言う。アキオに話すと本人の言いようにさせましょうとのことで、結局グルガオンと言う場所で働き続けることとなった。

グルガオンの水で磨きをかけたビノードは、いわゆるCity Boyに生まれ変わっている。彼に言わせると去年19才の誕生パーティをやり、今は「20才」と言うが、どうも腑に落ちない感じである。自動車免許証も2枚持ち、どうやった手に入れたかは不明で不問だが、PAN(Permanent Account Number)も持っている。

そのビノードと共に弥次喜多を決めることとした。

その背景には、日本一時帰国するアキオが、6月4日のエアインディアに乗るため館長宅に泊まった時に、上のアイディアを話すと、両手を挙げて賛成してくれた。そうすれば、わがホームページにも厚みが出ますねと言うことになったのである。

日本へ行くアキオに、お土産用に、三軒茶屋の太子堂の甘納豆を買ってきてくれと虫の良いお願いをした。(アキオは27日甘納豆を持って日本より帰国し我が家に再度泊まり、スケジュールの確認をした。因みにアキオは NRI (Non Resident Indian) と同じ扱いを受けるカードを支給されていて、日本からインドへ来る時にはヴィザは不要である。だから日本からインドへは帰国と使う訳である。)
 
頭のてっぺんからキンキン声を出していたビノード。サングラスを買ったのは、City Boyへ踏み出す予感を・・
左はウメシュで右が現在のビノードである・・3年半でこんなに変わるものか!

BACK NEXT  HOME