国際交流基金新館開所式

2006/12/5

本日国際交流基金ニューデリの新館開所式が行われた。プログラムは、三部に別れ、第一部では、カラン・シン(Dr. Karan Singh)ICCR(the Indian Council for Cultural Relations)総裁、パヴァン ヴァルマ(Dr. Pavan K. Varma) ICCR Director General, バタチャリヤ(B.B/Bhattachariya)JNU(Jawaharlal Nehru University)副学長 (Vice Chancellor), 深沢国際交流基金ニューデリー所長、藤井前国際交流基金総裁、榎インド大使が挨拶をした。

交流基金の新館は、
The Japan Foudation, 5A Ring Road, LajiPat Nagar IV, New Delhi 110 024
Phone: 2644-2967/8
で、Vikram Hotelの隣である。地下を含めた5階全部を使う構想で、大きく脱皮したことを窺わせる。駐車スペースもあり、建物も垢抜けしている。ホールが若干小さいが、今までに較べれば、月とすっぱんである。

深沢所長より、インドの法律に則り色々な問題を克服しての今日の慶事に至った経緯を紹介され、今までの苦心がしのばれた。カラン・シン総裁らは、東京にもこのようなものを作ると明言あった。榎大使は、インドのソフトパワーについて、今だけではなく、歴史上ソフトパワーが世界に影響を及ぼしていったことが指摘された。仏教やヒンドゥー教の教えは、無骨な力によって近隣諸国に広まったのではなく、まさにソフトパワーによって成されたものであると指摘された。

第二部は、能楽師大蔵流狂言方茂山千三郎がめでたく、三番叟を踏み、囃子方の男舞の演奏の後、棒縛りを演じ、めでたく開所式を終えた。今回は茂山千三郎先生を含む6名でこのために来印された由。後見はお素人の手助けであった。

その後、となりのヴィクラムホテルでのパーティでお開きとなったが、盛会であった。

藤井前会長のお供で前にここにいた佐藤さんがおいでになり旧交を温めることが出来た。
深沢さんの執拗な努力と執念が、インドの法律問題を克服して、今回の開所式を成功させた。頭が下がる思いである。来年の日印友好年の前の今回の慶事は、時宜を得たものである。こういうセンスのよさが官にもあるのは救いである。

JETROの変貌について館長はすでに書いた。今回は、交流基金が脱皮した。次はJICAであろうか。いみじくも15年前に福川 伸次さんが喝破した通りのことが起こっている。同氏の指摘は、「通常、集中豪雨の後始末に、Institutionalな動きが出るのが日本のやり方だが、インドは、Institutionalな動きが先行している。民が遅れている。」である。15年前も各種の研究機関や、政府機関が対印投資の可能性の検討を行い、インドの将来性を研究して、その結果を各企業に報告した。それは、他の国では日本の企業の集中豪雨的な進出が、相手国の顰蹙や非難を浴びると、その現象を研究して対策が練られるのと違った形であった。館長は、またしてもと感じた次第である。
玄関である。気の利いた建物である
the Guest of the Evening の榎大使である・・相変わらずの熱弁である・・3年目の終わりである・・
カラン・シン総裁である・・
茂山千三郎の三番叟の黒い翁である・・
棒縛りの最後のところである・・

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