アキオの結婚

2006/5/24

2006年5月22日に、アキオの結婚式がヴァナラシーで挙行されるとの招待状をもらい、楽しみにしていた。

アキオからの連絡でご両親も日本から参列されるとのことで、同じ飛行機でヴァナラシー行きを決めた。

22日の12:45のサハラ航空115便である。飛行場のチェックインカウンターで、ご両親と、友人の高橋、小林両氏とドンピシャ。チェックイン時の情報によると、シュケジュールが13:30に変更とのことであった。時間もあるので、2階にあるレストランでスナックを食べながら時間をつぶし、頃を見計らってセキュリティーチェックを終える。出発ラウンジで待っていると、電光掲示板が、いつの間にか出発の予定が15:30に変更さてれいた。当初の予定より約3時間の遅れである。

サハラ航空の係員が、昼飯を用意しますと、先ほどスナックをやった食堂へ案内知れくれた。今度は、ブッフェの昼飯である。時間をかけてゆっくりとコメントする必要もないような食事をとり、14:45頃再度セキュリティーチェックを受ける。どうやら飛びそうな気配である。一寸安心である。

飛行機は、大体15:45頃離陸。この飛行機はパトナ経由である。直行すれば1時間チョットなのだが、2時間半かかる。パトナに到着して、機内からアキオに今パトナと連絡する。後1時間くらいかなと言うやり取り。

結局ヴァナラシーの地を踏んだのは、18:45分ごろであったろうか。それから、ホテルヒンダスタンに直行である。着いたのがもうそろそろ8時と言うところ。感激の再会。アキオ、チョティラール懐かしい顔である。挨拶のほどほどに皆さん支度に取り掛かる。

コトンパンツにTシャツのアキオが変身した。お似合いと言おうか。
ご両親も、クルターとサリーに変身である。お似合いである。

婿入り行列は9時頃開始である。マハラジャスタイルのアキオが白馬にまたがり、チョティラールの妹さんの子供を前に乗せての行進である。花火と楽隊と交通渋滞を咎めるホーンの音が入り混じる喧噪曲である。ホテルの裏口から出て、50メートル辺りでUターン。その間、インド人・日本人の狂ったような阿波踊り見たいな踊りが続く。バラットである。

ホテルの入り口では、花嫁側の親族が、踊りながら接近して来る一行を待つ。花嫁の父は眼鏡を掛けた大学教授である。2年間娘の結婚に反対し続けた頑固親父でもあるが、今夜は花嫁の父を演じている。花嫁の父は万国共通であるようだ。
ホテルのホールの玉座に花婿が座る。そこへ花嫁のラチナさんがやってきて、互いに花輪を首に掛け合って、みなの前での両者の結婚が披露される。

壇上の2人にお祝いの列が続く。さすがヴァラナシー着道楽のお国柄である、それぞれのサリーが素晴らしい色とデザインである。華やかそのものの雰囲気である。チョティラール一族も、一寸古風にサリーを着こなしてとても良かった。

それから、プールサイドでディナーである。ご両人も参加して一寸くつろいだ感じで歓談しながらの食事である。飲んべぇは別室でアルコールを聞こし召していたようだ。

22:30からの予定の、バラモンによる結婚の儀式は、開始されたのが24:00を回っていた。終わったのは02:30頃であったとか。

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