帰国に際して

2002/9/9

 1960年台の初め、東京外国語大学のインド語の学生3名が日印親善使節として数ヶ月に渡り訪印し、ニ十数カ所の学校と、三十数カ所の工場見学をした。その時の一人が小生で、帰国後インドという国は一生をかけるにたる国であるということと、そのインドを理解するには20年住まねばならぬだろうと思った。

 三菱商事の駐在員として16年、今回のJICAの専門家として3年、合計19年インドに駐在をする結果となったが、20年にはまだ1年足らず、小生のインド理解も今1つと言うのが実感である。

 小生の観察した40年の間にインドは音を立てて変化をしている。衣食住はもちろん、
経済政策、政治、社会あらゆる分野で想像以上の変化が起こった。一方、変わらぬインドも存在しつづけている。

 今回のJICAの専門家として、対印投資促進を仕事としたが、日本企業のインド進出はインド側が期待していた程度には進捗していないのが実情である。

 1991年半ばに新経済政策に踏切り、外国企業のインド進出を歓迎することにしたインドはその先頭に日本がくるものだと期待していたが、バブル崩壊の整理時期にさしかかっていたことと、インドに対する理解不足から、大多数の日本企業はインドを進出の対象国としては選ばなかった。

 現在のインドは、法制面でかなりの程度まで外貨が自由に入ることを認めて歓迎はしているが、外貨を選択的に優遇はしていない。外貨の優遇を期待する日本企業はその所為で二の足を踏むのだろうか。外貨が儲け始めると選択的に外貨に対して過重な税をかける等により圧力をかける国より安全と考えられるのだが、如何であろう。

 現在の中国のブームはいつまで続くのであろうか。中国がインドに先んじて経済的に先進していることは、最近のインドは認識し始めて昨年から今年にかけて、盛んにインドの大企業の幹部や高級官僚が訪中して、驚異の中国を目撃して、積極的に中国が紹介されている。

 その結果、遅れ馳せながら、経済特区の導入が政策化されたりしている。インドの英知は中国とは異なったやり方で中国に追いつく方策を考え出すだろうと小生は見込む。

 インド人と中国人の気質の違いは大なるものがある。専制君主が富の集中をはかり、その富により酒池肉林の楽しみをするという考え方はインドに存在しなかったし、これからも出ないように思われる。又国中が1色に染まるようなこともインドでは起こらないであろう。

 人間としての個人が如何に自己を律し人生を送るかが最大の関心事で、今を生きる個が最優先するため祖先を祭るような事もしない。そのインドが中国の驚異を学ぶとしても同じ方法論を踏襲するとは思えない。

 方法が違ってもインドは中国に続く経済大国として今世紀伸びつづけるであろう。ひょっとすると農業生産の分野でのインドの将来性と、IT産業におけるインドの先進性を評価の対象にいれると今世紀の後半には中国を凌駕する事もあるかもしれない。

 少なくとも、今中国で起こっている経済的な良い事は、遅れはするもののインドでも必ず起こる事は火を見るより明らかである。

 そんなインドに進出をしない日本企業の経営陣は20年後不作為の罪で実刑判決を食らうのではないかと心配する。

 9月29日に3年の任期を終了し、日本に帰り東京は国分寺に住む事になります。そして、今一度インドに駐在する機会を窺う積もりです。何しろもう1年滞在し、真のインドを理解できるようになりたいと思うからです。機会を与えていただけるお乙波をお待ちしています。良く読みつづけていただいたと感謝します。これからは日本でインドを書く事になります。

 

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