二十一世紀の初めての二月の事です

2001/2

 二月九日の金曜日の昼飯を、ホテル日航メトロポリタンのドイツ人支配人のシーラーにご馳走になった。日航ホテルは昨年ニューデリーにオープンした日航ホテルグループが運営するホテルである。そこにはさくらという日本料理のレストランがあり、値段はともかくとしていざと言うときに日本料理が食べられる。ニューデリーの少々また住みやすくなったわけである。

 午後三時に同じ建物の別棟にある三井物産にアポがあり、一時四十五分に食事を終えて、如何しようかとシーラーに言うと、地下のジムのサウナでも入ればといってくれた。フム。元来サウナ好きな小生にとってはとても良い申し出で、二つ返事でサウナ体験をする事となった。

 十五分ユニットを2回繰り返し、冷たいジャグジーから上機嫌で上がった。ジャグーから平面までの三段の階段を降りるとき、タイルの水で滑って体が中に舞った。右手で受身をやったが、頭が大理石の階段の角に落ちた。タイルの水の上を鮮血が走った。

 やったなという意識。インド人スタッフのあわただしい動き。持っていたタオルですぐに見えない後頭部の傷口を押さえると共に、インド人スタッフを呼びつけ、医者を呼ぶように指示した。生まれたままの姿勢で上を向いて約5分その場に体を横たえる。

 初期のショックが収まるまでは動かない事が良いとの判断である。その後やおら立ち上がり、マッサージ室のベッドに移動する。そこで上を向いたまま医者を待つ。約十五分で医者が到着した。診断の結果、消毒をし、すぐに縫合をする必要があるということになった。

 日航ホテルの田中君とインド人が付き添い、ニューデリー郊外のアポロ病院に向かう。約車で25分。緊急センターに運び込まれて、ディーパック先生により縫合が行われた。約7センチで七針の縫合手術であった。その後CTスキャンをやり、脳神経科の先生が呼ばれた。

 見る限りでは、異常はないとの所見である。インド語でやり取りしてたら、脳神経科の先生は診察料をダダにしていくれた。会計曰く、通常一分百ルピーとのことで、二年前の脳梗塞の話や、心筋梗塞の話が受けて、二十分以上やり取りがあり、回りのインド人が面白がっていた。

 その日は熱が出るかも知れないと言う事で、人のいるところにいるようにと言うことで、日航ホテルに泊まる事となった。一人では退屈なので、囲碁仲間の紅茶 屋の石井社長を呼び、さくらで寿司御膳を食べた後、インターネットのWWGOで対局をしてすごした。

 翌日のゴルフはキャンセルの羽目になった。日曜日には、病院に出向き消毒と、包帯の巻き変えを行った。鏡で見るとぐるぐる巻の白い包帯は誠に大げさで、周囲の注目の的となり、逢う人事に事情を説明させられ、誠に恥ずかしい限りであった。一日置きに病院に通い十日語の十八日の日曜日に抜糸の運びとなった。掛かった費用は手術代、CTスキャン代、薬代、包帯バンソウコウ代、抜糸代総計で約4千ルピー(一万円)である。

 タイルの上に水のある状況は非常に危ない。この年では、反射がきかない。打ち所が悪いと一命を損じる。いやはやである。

 今のところは後遺症はない様であるが、外側のかさぶたが取れれば終わりであるが、中に何がしかの影響が残るのか楽しみである。碁は強くなったようだし、麻雀はよく国士が聴牌するようであるし、ヨネックスのドライバーがよく当たるようになった気がする。

 後はひょっとして、超能力を引き出すきっかけになればと思っている。世の中何が起こるか分からんものだ。

 

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