三菱商事  
 

 

形鋼チームリーダーと兼務チームリーダー

日本へ帰ると、高炉とは縁の若干遠い形鋼チームリーダーを拝命した。東京製鉄、東伸製鋼、大同製鉄、大阪製鉄、トピー製鋼等が仕入先で、売りは中国、アメリカを始めとする全世界向けであった。

平電炉商品の三菱商事の輸出はあまり日の当たる部門ではなかったようで、いわばゼロからの出発でやることが多く面白かった。先ず、平電炉会議を作り、丸棒、形鋼の国内と平電炉向けのスクラップを扱う部門、それに輸出丸棒の関係者を一同に集めての情報交換を行うようにした。メーカーへ行ったときの話題について行ける様になった。各社の上層部との親交を深めるため、執拗なメーカー回りをやり、個性的な色々な御仁と知り合えた。
中国への東伸製品の輸出については執拗に中国に出張し五金公司の王荘民女史と親しくなった。東鉄の池谷専務とアメリカ漫遊の想い出も小さな宝石のように吾が心のそこにある。

三菱商事のOA化について、強烈に文句を金総(金属総合部?)に言ったところ、システム企画チームリーダーの兼務を仰せつかった。高炉メーカーとの注文書の電送化プロジェクトである。関係各部から担当者を選んでもらい、一週間に一度の打合せ会で、問題点を逐一解決してゆく方式を採用して、何とかやり遂げた。

又、中国語通訳配分をめぐる不公平さを糾弾したら、中国チームリーダーをやらされた。言いだしっぺに仕事を与えれれたわけである。輸出部内にいる中国語堪能者のリスト作りと配分の公平化が行われるように努力した。

そのほか種々の提案と試案を実行したが、残念ながら根付いたものは余りないようである。夏のノーネクタイ・ノー上着、課長の盲判の廃止、花金の上下そろいの禁止、暇なときの他チームの仕事引き受けと繁忙時の仕事依頼、明るく仕事、女性を入れてのチーム内会議、昼飯リストの作成などである。

毎日、会社が、仕事が、面白くて仕方なかった。但し、負荷は相当なものであった様で、中国語を習い始めると、眩暈が起こるようになり、慌ててやめざるをえなかった。限られた能力を超えて何かをやってはならないということと、年と友達となることを学んだ様だ。

で、又インドの話が出てきたので、待ってましたと食いついた。三度目の出陣となる。
 

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