三菱商事
 
ニューデリー駐在 鉄鋼担当

インドの中央政府のものの考え方は、社会主義的な国を目指すと憲法の前文に明記されているところに礎があった。そこから、Planning Commissionと言う役所が生まれ、5ヵ年計画を元に計画経済を敷くことを目標にしていた。生産は、全て工業ライセンスで管理され、重要基幹産業に関する原材料の輸出入は国家の管理下におかれた。

その政策に基づいて、いわゆるCanalizing Agencyといわれる公団または公営企業が製品ごとに決められて、全ての重要基幹産業に関する大口輸出入は、官に統合された。

一方、政府は汚職防止策として、「転がる石にはコケは生えない。」政策を考え出し、窓口を3〜5年で変える方針を立てた。この方針を見抜いた館長は、メーカーに情報合戦する競合他社に水をあけることが出来た。

Hindustan Steel から、SAIL International、そこからSAILへ、さらにMMTCの絡みなどを的確に読み取ることが出来た。

又、この時期外貨の足りないインドで、色々な知恵を絞ったのも思い出である。円借款の商品ローン枠とその鉄鋼イヤーマーク、丸棒の無償援助等を通じて、Mr.Hiten Bhaya,
Mr.R.Patnaik, Mr.X.Sebastian, Mr.Shetty, Mr.K.B.Lal, Mr.Y.T.Sha, Mr.Biju Patnaik,Dr.Nath, Mr.Mishra, 等と親交を深めることが出来たのも良い思いでである。

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