三菱商事
 
鉄鋼輸出部受渡課

思いがけずに早い機会での営業部への転出は理由があったようだ。当時の鉄鋼の受渡課は全社でも評判悪いたこ部屋にも例えられるひどい状況で、女子社員が、残業が多く人非人的な扱いであると人事部長に直訴するという異常事態が生じていた。そこで、全社から受渡要員として頑丈な男子を集めていたのが真相でもあったようだ。
受渡課では多くの仲間と楽しく過ごすこと最優先とした。課の雰囲気を明るいものにする目標を立てた。数十人の若い女子と男子がいるわけで楽しければ苦労は忘れるとの作戦であった。赤城山麓の山荘を貸切スケート旅行、春になれば房総半島の花畑を訪れ、飯能に遠足、湘南海岸での秦家を借りての一泊旅行、ビルマの共同商談のパートナーであるいまわ無きニチメンの受渡しの仲間と共同ピクニック、インド・台湾で共同商談をやっている日商岩井とゴーハイ、名古屋支店の若手と三保の松原での中間点旅行、部内の若手を誘っての毎週にわたる癒しとリフレッシュのための催し物、毎日が楽しくた楽しくて仕方がない勤めであった。残業は月100時間を超えていた。家に帰れず部長室のソファで何回寝たことか。大変であったが充実していた。この経験が、部の旅行の幹事を毎年やらされルことに繋がった。
 
営業への転出

もう少し受渡に居たかったが、アジア第2課の小堀さんの下に行った。マージャンが出来るようになった。これもうれしい話であった。メーカーへ行っての話も新鮮で面白く、毎日がそれこそこれで給与をもらっていいのかと自問するくらい状況であった。毎日のメーカー巡りが、知らない鉄に関する知識を、他社の動きとの比較論を、他国の動きを、生きた情報として与えてもらい、飽くなき好奇心を満足させてもらえて、楽しくて仕方なかった。しかも、マージャンが出来るのである。
高炉回りが主であったが、同じ高炉でも会社により全く雰囲気が異なり、社風も違い色々考えさせられた。
高炉の人と対等に付き合うのはなかなか大変と言う同僚もいたが、なかなか面白いというほうが真実に近いと感じていた。
インドを担当したので、共同商談のパートナーである日商岩井の方とも知り合いとなった。日商岩井の人は概して、生真面目な方が多く、地道な資料作り等に長けた方がいて感心させられた。
 

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