はねを上げない歩き方

2008/2/9

館長の母方の祖母は「きん」と言った。大好きな祖母であった。

その祖母が、ある時に「よっちゃん(館長のことである)のはねは立派だね。」といった。それが祖母一流の非難の言い方であることを館長は気がついた。まだ学校へ上がる前のことであった。

館長は子供心に、なんとかはねを上げずに歩くことができないかと工夫を始めた。雨が降る度ごとはゆかないまでも、どろんこ道を歩くときなどは祖母の言葉を思い出し、工夫を凝らした。

いろいろ実験をした結果、走る時にははねを上げないで走ることは不可能に近いことに気がついた。どうしても踵をはね上げないと走れないのである。

しかしながら、歩くときは、つま先を先にあげて、踵を後に上げるとはねが上がらないことに気がついた。あとは不自然に見えないようにその方法を身につけることである。5年生の3学期に東京に出てきたときには、その歩法は完成した。東京のアスファルト舗装はその実験に最適で、ズック(その当時はスニーカーなどと言う言葉は日本語になかった。)、長靴、革靴、下駄等いろいろな履物で試して、すべての履物で、はねを上げることがなくなった。

館長の秘かな自慢であった。でもそれまでに6年近くかかっていたわけである。

最後には、極端な話、はねが前に上がるほどになった。

そこで、小膝を打つ現象を観察した。下駄を履くときに女性は下駄の前側にカバーをつけることがわかった。(男性用の大きなものも目撃した記憶がある。)着物にはねは禁物で、うしろはねを上げないように極端に気をつけると、またまえはねは足袋を汚す。それを避ける下駄の前カバーが存在することに気がついたのである。おそらく、着物を常用する人の間ではうしろはねを上げない歩き方が普通であったのであろう。祖母のきんもそのような歩き方をしていての「はねは立派だね。」の注意の言葉になったのであろう。

親のまねをして育つのが子供である。館長の3女は前はねをあげる歩き方をしている。血ではなく、親の所作を知らないうちにまねているのであろう。

BACK HOME