インドは親日国

2006/6/24

館長の友人がインド人家族を家に泊めた。インド人の旦那は毎日仕事で外出して、奥さんと10才の男の子が留守番と言う格好だったそうだ。

あるとき友人が、今日の予定はと、奥さんと男の子に聞いたところ、「この子の教科書に、忠犬ハチ公の話が載っていました。今日はその忠犬ハチ公の銅像を見に渋谷に行きます。」と答えられ、ガンーンとやられたと、館長に話してくれた。

日本に留学に来るアジアの人たちの中には不幸にして日本嫌いになって帰る人が少なくないと聞く。少なくないどころか、国によっては、7割近くの人が日本嫌いになってかえると言う。

館長は日本に留学したインド人を多く知っているが、今まで日本嫌いのインド人にあったことが無い。どうしてだろうか。

日本へ行ったインド人の学生や、ビジネスマンの人たちから、日本での差別の話を聞かないわけではない。特に、下宿や、住まいを借りようとするときに、日本人と比べての差別は未だに口を極めて言う人たちがいることは事実であるが、そういう彼らは決して日本嫌いではない。

一体どうしてだろうか。

インドの文化人や政治家に会うと、必ず、日露戦争の話で、日本をアジアの星であったと褒めてくれる。ヨーロッパと対等に渡り合ったこの事実が、アジアに自信をもたらしたと。

原爆の投下の白紙状態からの日本の世界第二の経済大国への上昇についても、こちらがこそばいくらいの評価をしてくれる。

日本製品の品質についての評価も、恥ずかしいくらいのべた褒めである。

日本人の時間厳守主義、品質主義、忠誠主義、交通規則遵守主義、几帳面主義、約束厳守主義、礼儀作法主義などなどを憧れと神話をごちゃ交ぜにした感覚で見ている。

一方、英語の出来ない日本人管理者、理由もなく怒る頑固な経営者、インドカレーを文化と考えない味覚音痴、何でも朝礼をやりたがるCEO,パーティーで必ず長々と面白くないスピーチをする本社面々等を密かに軽蔑して敬遠している事実もある。が、そういう日本人をインド人はむしろ現代的な言い方で、「可愛い」と許している感じさえある。日本は島国だから、国際化に遅れてるのネと。

インドに来る日本人観光客は、仏跡巡りの人たちがかなりいる。この人たちは、釈迦の生まれたインドにいわば憧れを持ってやってくるので、タイやハワイへ行く観光客と較べるとお行儀が良いのは確かだろう。

そんなことを幾ら並べてみても、よく分からないのであるが、大変な親日感情を持っているようである。館長がインドと契りを結んで20年以上になるが(1961年以来45年と言うべきか)、対日感情で不愉快な思いをしたことはたったの一度も無い。

インド人の文化のレベルは日本人が想像する以上に高く広く深く厚いものであるのかなと館長は考えてしまう。

館長は、思うのである、今日本で死に絶えつつある技術で、まだ途上国で必要とされるものを是非このような親日的なインドに移転させたいと考えるのである。(たとえば養蚕技術など)

又、このような親日国ともっともっと仲良くすべきだと思うし、ましてインドは10年20年後には世界第3の経済大国になる国なのであるから、そのときに自分の会社がどのような形でインドに存在すべきかを想定して、現在の行動規範を策定すべきだろう。そうすれば、インド人の期待にこたえることになるのだが。1991年に門戸を開放したインドは日本の会社がもっともっと進出して来ると想定していた。現在までの、日本のインド進出の度合いはインド人の想定外の数字である。

カルカッタで行われたサッカーの試合の和気藹々さは停電があったとしても、心温まるものがあった。

事業展開を考えるとき、社員の安全を考えるとき、親日国を選ぶというのは一つの必要条件として前提としても良いのでは無かろうか。いざと言うときに石を投げられる国と、駆け寄って助けてくれる国との違いは、小さなことではない。

BACK HOME