インド交通事情

2007/10/6

インドは車は左である。人はオウン・リスクで好き勝手に歩いている様である。

信号の長さを、館長は二つに分類する。シンガポール型とバンコック型である。シンガポール型は、信号の変わりがめまぐるしいくらい早い。バンコック型はうんざりするほど一つの信号が長い。館長は一つの信号で1時間以上待たされた経験がある。

日本はその中間であろう。インドはその日本とバンコックの中間であろうか。だからなかなか信号が変わらず、うんざりすることが多い。最近の信号では信号が変わるまでの残りの秒数を電光掲示するものが出てきている。
長いものは180秒以上を掲示している。3分である。

インドの伝統ある大都市では、Raj時代(英国統治時代)の名残のロータリーが残っている。馬車の時代の遺物である。そこへ、百万台の自動車が毎年投入されてきた。従い、車があふれ大渋滞が発生する。ロータリーをスムースにうまく抜けるのは本当に大変である。

インドの運転の見切りがすごい。宮本武蔵はその五輪の書で見切り3寸と説いたという。相手の太刀筋から3寸離れていれば、切られないとの極意を説いたという。インドの運転は見切り1寸である。人と車、車と車、車と自転車、車と牛などがすべて1寸の見切りで動いている。

中には見切りを間違え、接触事故を起こす車もかなりの頻度で出てくる。車の表面にその戦果を物語る傷持が多い。事故の保険は自分の車は自分の保険で修理することになっていることはすでに報告した通りである。保険の更改期に保険料が上がるのを避けるため、小さな傷、いや車が動いている間は、保険求償は行わないオーナーが多く、従い傷持ちの車が多く見られるわけである。

インドでは、こんなに自動車が増えることは想定外であった。従い渋滞に対する対策ができていない。日本の様に系統式の信号システムは導入されてない感じがする。また駐車が大問題である。インドの今までの建造物では地下に駐車場を設ける考え方がなかったので、自動車は建物を囲む狭い前庭・中庭・後庭に二重三重に駐車を強いられ、そこに止められない車は、路上駐車を強いられる。路上の駐車場は、政府がテンダーにより業者を指名して、業者は駐車料金を集めながら駐車をさせている。駐車する度に、5ルピー(15円)・10ルピー(30円)と駐車料金を取られる。時間は関係ないようである。

デリーの中心部のコンノート・プレイスでは、狭い駐車場に車が2重3重に駐車させらあれ、そこから出るときには、知恵の輪を解くように手で車を動かし所定の車を道まで誘導するのが、駐車場係員のあんちゃん達の重要な仕事になったいる。同じような光景がINAマーケットでも見られる。

最近のサケットあたりのオフィス・ビルでは地下2階まで駐車場を用意するところも出てきているが、日本と違いほとんどの上級職(マネージャー以上)は、社有車で通うか自家用車を通勤に使うため、スペースが足りなくなっている。

道路にはレーン(車線)が敷かれているが、ほとんどが無視される。デリー・グルガオン間が片道4車線の高速道路が開通したが、レーンを勝手に変えながら楽しげに走っている。レーン変更のインディケーターを使っている車はほとんど見当たらない。

バス・レーンもあるようだがこれもあまり効果を発揮していないようである。バスの運転は、乱暴で傲慢である。そこのけそこのけとばかりに暴走に近い形で走り回る。バスの車体はその結果の名誉の傷で満身創痍である。

最近デリーのポリスはスピードガンを利用して、スピード違反の取り締まりを行っている。館長の車も今週その洗礼を受けた。58キロ出していたとて、18キロオーバーで切符を切れれた。チャラン(罰金)900ルピー(2700円)であった。運転手の懐からの出費は痛いであろう。

インドで一番日本と違うのは、警笛についてである。警笛は鳴らす為にある。その頻度と音の大きさは半端ではない。日系の自動車会社はインド仕様として警笛を強化していると聞く。とにかく乗っているものは、乗っている間中同じ警笛音を聞かされ続ける。口で警笛を鳴らすなと運転手に言っても、永年の習慣は治らない。マルチスズキのある日本人技師は、自分の車の警笛のコードを断線して警笛を零にしたという。不思議なことに、鳴らされた前の車や、人が日本のように食ってかかる図はない。お互い様ということか。

昔インドの国会で如何にアンバサダーが不良な車であるかと議論されたことがあったそうだが、その時の議論の一部が頭に残っている。「購入して3か月たつと、アンバサダーは警笛以外のあらゆるところから音が出るようになる。」というもので、インド人のユーモアに感心した。

もうひとつ、インドでは直進信号が赤であっても、左折は特に禁止の表示がなければ自由である。丁寧に左折自由とわざわざ表示を出している交差点もある。道路が広いのとコーナーが角ばっていないからできる技であろう。

インドで自分で車を運転する日本人は数少ない。日本大使館のスタッフとか大和やさんの成松さんとか限られている。普通の日系企業では運転を禁止しているところもあるようだ。

でも、自家用車を運転するのはインド人にとって当たり前のことで、女性のドライバーのよく見かける。サリームくんは姫トラは危険と言っていたが、これは日本と同じようである。
左折自由の標識
堂々たる片道4車線。NH8(国道8号線)グルガオンとデリー間。車線変更が頻繁に行われし、二輪車がでたらめに車線を無視して走る。
駐車場は、2重3重に駐車させられる。手動で必要な車を動かし知恵の輪のように外へ出す。サロージニ・ナガル・マーケットの駐車場である・・
まだましな感じのバスである・・
1950年代のはじめに阿佐が谷から豊島園を往復していたバスがこんな感じであった・・
バスは/~来るバスも、また来るバスも、みな同じ、満身創痍の、暴走の跡(キズ)・・
コンノートプ・レイスの駐車の現状・・  この狭い駐車用にいかに多くの車を止めるかが、駐車係りのアンちゃんの腕であり、要求された車の出し入れも舌を巻く熟練度である・・まさに知恵の輪の技術である・・

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