未来の遺跡

2006/6/29

官庁街の威容の陳列です・・

ラジパト通りの正面にインド大統領官邸がある。左右に大砲を飾り、威厳を示している。大統領官邸の中には、9ホールのゴルフ場がある。又、ムガールガーデンとなずけられた秘した花園があり、年に一日だけ開放される。昔は、入り口のガードと知り合い、又なかのベアラー(ボーイ)とも気脈を通じ、季節には10ルピー程度のチップで、官邸の中の見学と、秘密の花園を覗かせてもらったものだという。

さすが大統領官邸は掃除が行き届いていた印象がある。大統領官邸の中の大ホールには、仏陀の像が飾られていた。(世界で定評のあるインドの文化遺産が回教徒の作ったタージマハルであり、この仏 陀の像であることを誇らかに世界に示すインド人の文化の高さに感服する。)そこで、小山五郎さんがインド政府から勲章を授与されたときに館長も招待された。三菱商事で館長の下でステノとして働いていたラクシュミナラヤンがけなげにも大領領事務所付きのステノとして働いていて、そのとき館長を席まで案内してくれた時に「仕込んだ甲斐があった。」と誇らしく思った記憶がある。気持ちよく転職のチャンスに挑戦させてよかったと も思った。小山五郎さんの功績は、日本におけるインド祭の成功をインド政府が評価してのことであった。日印調査委員会の事務局長のときの話である。

官邸からインド門に向かって左が、大蔵省、右が外務、国防省である。いずれも、血砂岩とふんだんに使った重厚な建物である。中は、夏でも涼しい位だが暗い雰囲気である。中も砂岩を惜しみなく使ってあるのだが、掃除と管理は行き届いていないのでもったいない感じがする。大蔵省の役人と話すときには、受付でパスをもらい部屋まで行くのだが、番号のつけ方が独特で、しかも内部は同じような作りが続くので辿り着くのが、方向音痴の館長にはしんどいものであった。

左右対称の大蔵省、外務、国防省を抜けると、道は下る。その左側に円形の国会議事堂がある。国会議事堂に初めて入ったのは、1991年の夏である。日本大使館の外語のインド語の先輩の鈴木さんに手配をしてもらった。傍聴席で足を組むと、守衛がすぐ来て、足の裏を議場に向けないように注意された。その後、鉄鋼大臣のK.C.パントさんに会う際に国会の大臣室であった。さらに、当時は 野党のリーダーであったマンモハンシンさん(現在の首相)にあったのも国会であった。荘厳な作りの建物である。中は外面の影響を受けて、廊下が円を描いていて、見当をつけるのが難しかった。

で、英国の歴史家が、「遺跡になったら、ずいぶん立派なものになるであろう。」と言ったというが、館長も遺跡になったら収集品に加えようと考えていたが、どうも館長はそこまで長生きしそうもないことと、今のインドの勢いでは到底遺跡になりそうもないと結論し、生のまま収集品に加えることとした。

大統領官邸

大統領官邸前の大砲

大蔵省

外務・国防省


正面が国会議事堂

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