住宅は注文生産
施主のわがままとデザイナーの力量

2006/5/2

インドの高級住宅は全てデザイナーブランドというか、全て一軒一軒デザイナーがデザインした建物である。そこにすむインド人は他の国では見られないような独特、独創的な方々ゆえ、他人と同じものはほしくないと身勝手な注文が多出する。その注文を全て聞いたうえで、デザイナーはプランを練る。アーチを多用しろ、3階建てでもエレベーターをつけろ、車は4台入れられるようにしろ、音のしないジェネレーターをつけろ、トイレは大理石で、居間は御影石で、門扉はアイアンレースで、ベランダの手すりはロココ式で、屋上はパティーで使用できるように、各部屋の色を変えろとか細かい注文を出す。それに対応してデザイナーはプランを作る。それにしてもどのくらいの数のデザイナーが存在するのかと感心してしまう。標準化が進んでいないのが高級住宅である。塀が違う、門が違う、床が違う、間取りが違う、壁材を工夫する、庭も、カーテンも、家具もとまさに見本市を見ているようにそれぞれ異なっている。全て注文生産である。

家具は出来合いではなくデザインを示して注文生産である。家具屋に並んでいるのは見本であって商品ではない。家具屋に並んでいる見本を見て、あるいは外国のデザインブックを見て、形と、色と、素材を選んで例えばソファーセットを注文する。注文してから出来上がるまで2〜12週間かかる。インドの金持達はそんな状況を何とも思わず注文をする。それどころか楽しんでいる節がある。なれない日本人はいらいら待つ結果となる。

そんな状況を可能にしている背景にはそれを支える職人と材料があることを忘れてはならない。天井をいじらせたら天下一品の漆喰職人、ラジャスタン出身の石工、ほんの写真を見れば設計図なしで作る指物師、内装得意な大工、かんかんと刷毛だけを自前で働くペンキやあらゆる職人がどこかにいるのである。

デザイナーブランドの家と家具を見るたびに、標準化はなんだろうかと頭の中を去来するが、それは豊かさを意味するのか、貧しさの象徴なのか考え込んでしまう。と同時に、このような現象を見るとインドの将来性を見るような気もする。きれいなところで快適に過ごそうということで自分の意思を表に出すことは向上心につながり、それをこなす職人が育っていることに、先進国への方向性を感じるからである。

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