アメリカの同時多発テロ

2001/9/14

 9月11日の午後6時半から、ニューデリーの日本大使の公邸では音楽会が開催された。シタール演奏家の井上さんを中心に、尺八の藤原さん、三味線の坪井さん、ギタリストの宮野さん、それにインドのたいこタブラ奏者のミシュラさんの5人での演奏会は、インドと日本の音楽のすばらしいアンサンブルで聞くものを魅了した。音楽会はアンコールもあり、八時十五分頃お開きとなり、公邸の庭でのレセプションとなった。

 その席上で大使館の人から口伝でアメリカでの同時多発テロのニュースが流され、貿易センタービルの崩壊の報がもたらされた。また、出席者の何人かが携帯電話で、情報を入手し始めた。はじめは信じられないとの反応が多かったが、真実が明らかにされるともに、普段であればかなり粘るインド人も見かけられるのが普通であるのに、出席者はあたふたとレセプション会場を後にする事となった。BBC、CNNニュースを見るためである。

 翌12日のインドの新聞は、全て第1面はアメリカ同時多発テロの報道で一色であった。ムンバイ(ボンベイ)の株式は、終値で117ポイント安の3032で引けた。13日の終値は更に下げ、2987ポイントで引けている。対ドルルピーの為替も13日には最安値の一ドル47.56ルピーを記録した。
 インド政府はアメリカ政府に対し、出来うる限りの援助をするとの申し出をテロ非難と、弔意に併せアメリカに対して行った。

 ノストラダムスの大予言が年遅れで現実となったとの悪い冗談が流布している。また日本赤軍の犯行説も一次噂された。

 13日の午後当地の雑誌編集者によれば、死亡を確認されたインド人は、五百名余りで、最終的には二千五百名を超える事も予想されると言う。思わず、全体の数字かと聞き返したところ、全体の死者は一万人を超え、その中の四分の一はインド人であろうとの予測であった。本日十四日の朝刊は、これまでの死亡は二百五十名、全体の死亡の五から十パーセントがインド人であろうと報道を行っているところが有る。貿易センタービルにはインドの宝石商、NRI(印僑とも呼ばれる、ノンレジデントインディアン)、証券・金融関係のインド人サラリーマンが多数働いていたといわれ、上の数字はあながち大げさのものではない。インドの報道と日本の報道との大きな違いは、死亡を確認された人の名前は一切報道されていない。

 今日の報道の中に、インドのシーク教徒が、アフガニスタンのタリバンのターバンに似ているターバンを被っているため誤解されて、アメリカで迫害を受けた例が出てきたためインド政府がアメリカに対して注意を喚起したとのものがあった。

 当地のアメリカ大使館は、インド政府に対し、市内にある小さな飛行場からの航空路をアメリカ大使館の上空を飛ばないように変更を申し入れたが、インド政府はこれを受け入らなかった。今日のアメリカ大使館は、その背後にあるアメリカンスクールともども全ての窓口業務を中止して、塀の外側は数十メートル置きにインド警察の保証が立ち警戒に当たっている。

 あるインド人は英国の雑誌に対し、今回の同時多発テロにより、新しいビジネスチャンスがうまれていると投稿したと言う。それは、当たり前の事だが、アメリカの象徴でもあった貿易センタービルの再建である。もっと高く、もっと安全で、もっと話題性のある記念碑を建てる事業が第一に挙げられている。
 アメリカを中心として各国は、対テロをも対象に防衛予算を膨らませるようになろう。そこに新しい商売の種があるはずである。

 次に、特定の人間のみが出入りが可能なセキュリティシステムの開発が必要となろう。それには、膨大なデータベースを元にした登録制も視野に入れなければならない。

 更に、ミサイル等を利用したよりスマートな迎撃兵器が開発される必要性あると。

 隣国のパキスタンがアメリカとの間で、タリバン・アフガニスタンをどのように料理するかが、パキスタン其のものの安全性にも関わる問題であると、大方のインド人は考えており、それがパキスタンの人口より多くの回教人口を抱えているインドにも影響がありうるかもと危惧している人達も少数いるようである。

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