インドの変化

インドは変化の過渡期に

2006/5/15

インドは相を超える変化を経験しようとしている。

固体から液体に、液体から期待への変化と言うか、蛹からの蝶への変態といおうか、質的な変化をを遂げようもがき始めている。

道路も簡易舗装の状況から高速フリーウエイへの脱皮、コンクリートの打ちっぱなしの事務所からデトロイトと見まごうアメリカ式のガラスを外壁に使った事務所、サリーからジーンズとTシャツへ、官から民へ、アンバセダーからトヨタ・ホンダへ、受け渡し条件がas it isから保証付へ等の変化は、今までの延長線上にあるものもあろうが、不連続点を含む変化もありえよう。
 

インドの強烈なモンスーンを一回経験すると、簡易舗装はぐずぐずになり、業者は又舗装の仕事をお役所から貰うというシステムから、数年は持つ舗装への改良は、業者の形態も変えているようだ。

グルガオンに立ち並ぶ最近の事務所は、競ってアメリカ型の外壁をガラスを使ったものに変わり、エアコンも各室用のウインドタイプからセントラル集中型に変わり、地下には停電時の自家発を備えている。

上流階級の服装の変化は予想より早いようで、結婚式等の特別な場合を除いて、普段はサリー姿が激減している。朝出がけに見かける子供をスクールバスに送りに来ている女性たちの中には使用人を除いてサリー姿を見つけるのは難しい。

インド国内を飛ぶ飛行機は、民間が進出し、館長の友人のインド人たちは第一選択肢を民に置くようである。官の経営するホテルの評判は良くないようで、中には外国のホテルに身売りをしたものもある。インドの官で最後まで残るのはおそらく国鉄であろうが、それまで鉄道輸送は官のサービスに委ねられると思うとあまりぞっとしないと館長は思うのである。

グルガオンの道路も車が増えて渋滞が悪名高いが、そこで見かける自動車は、各種各様の乗用車で、まるで車の見本市みたいであるが、ニューデリーにはまだ官庁を中心にアンバサダーが走っている。車と言えばアンバセダーの時代から、マルチの時代を経て、いまや世界の車の競合の場になったようだ。一般的には、もはやアンバセダーはサヨナラで、クオリティーで象徴されるトヨタ。ホンダその他の外国との提携先の車がもてはやされている。タタもその中で、後者の分類で気を吐いている。

インドでものを買うときは、あるがままの英語で言うところのas it is条件が普通であったのが、最近は2年の保証付とか、修理は1年間無料とかの方が、説得力があるようだ。その先には、PL法が待っているのだろうか。

このような変化は多くの分野で起こるのであろうが、今は過渡期である。

まさにその過渡期の写真(竹から鉄パイプの足場への変化の過渡期)を館長は紹介するのである。

 
 
 

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