インドを考えるヒント
−インド人の分類 その2−

2006/5/2
2006/6/28追加

インド人にはベジタリアン(菜食主義者)とノンベジタリアンがいる。この分類は分かりやすそうであるが、そう簡単ではない。概して、ベジタリアンが多いことは事実のようである。


動物性蛋白は値段が高いのが一つの理由で、宗教的な理由もあり、習慣の問題もあり、地理的なこともあり、一筋縄では行かない。

もっとも厳しいベジタリアンは根菜を食べない。ジャガイモ、大根、たまねぎ、にんにく等がご法度である。これは空衣派のジャイナ教徒等である。空衣派の僧侶は衣を纏わない。一糸も纏わずといいたいところであるが、聖紐一本を身に着けている。完全なスキンヘッドで包茎の男性シンボルもそのままに岩山で生活している図が写真集で紹介されている。この人たちは、根菜は採集時に地下の虫や細菌を傷つけるからという理由で根菜を食べないと聞いた。空衣派の聖者でなくても、信徒で同じ食生活をしている厳格なベジタリアンもいる。

次に厳しいのは、野菜以外は食べないという人々で、卵も食べない。

次が、野菜と無精卵は食べるが有精卵は食べないというグループ。(インド人の間でも、無精・有精の区別をどうしているのか議論が分かれ、揶揄してエギタリアンと呼ぶ人もいる。)

その次は卵までOKという派。ここまで来るとベジタリアンかどうかは疑問であるが、曰く卵は殺さなくても取れるという議論らしい。

以下は、豚を食べる、食べない、牛を食べる食べない議論があったりする。

又、淡水魚は食べるが、海の魚は食べない論があったりする。聖なるガンジス川の魚は良いが、悪魔のすむ海のものは食わない議論である。(ヒマラヤとアーリア人種が進入してきた北西を聖なる方角とすると、その対極が、聖でない悪魔のすむところとなり、セイロン島が鬼が島に、海が悪魔の住むところにされてしまったようだ。おかげで、アーリア人に海辺に追いやられた先住民は歴史的に海鮮を楽しむことを強制されてきた皮肉がある。)

最後は、何でも食べる派となる。

でも、ここで気をつけなければならない点がある。牛乳は全ての人がOK,又牛乳を原料とする全てのチーズ、バターはOKである。ここが日本人には理解しにくいところである。

マヌの法典ではベジタリアンを強要していない。であるから、特別な人たちを除いてベジタリアンを宗教的なものと言い切るのは一寸勇気がいる。又、単なる習慣ともいいがたい面もある。

現在では、親父と子供はノンベジタリアンだが、奥さんだけベジタリアンという家もよくある。又、願をかけた神様の日だけ、たとえば月曜日とか火曜日とかを自分の願掛け断食日にするとか、ベジタリアンの日にしている人もいる。

ヒンドュー教徒で牛肉を食べる人たちもいるし、水牛は食するが牛は駄目というのもある。不殺生との直接的なつながりもないようだ。言ってみれば一筋縄では行かないというところである。日本に行くインド人は「間違いは誰にでも、どこにでもある。だから、ベジタリアンにノンベジタリアンを食べさせるような間違いがあっても、あえて言わないでくれ。」と言う人たちがいることを付け加えよう。日航ホテルに毎月一度霜降り和牛をくいに来るヒンドュー教徒のインド人もいると言う。多様性の国である。
 
館長が現場のキャンティーンで毎日食べれいるベジタリアンの飯・・
食事の時間が楽しみである・・

グルガオンの名店「コリアンダーリーフ」のノンベジタリアンのタリー、旨すぎる・・

マハトマ・ガンディさんのお孫さんと食べた、インターナショナルセンターのノンベジタリアンのタリーこれも旨い・・

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