インドを考えるヒント
―インドとアメリカ―

2006/3/10

インドは、IAEIのメンバーであるが、核不拡散条約には加盟していない。インドは核兵器を保有している。

アメリカのブッシュ大統領は、2006年3月1日から3日までインドを訪問した。そしてインドに対して、平和利用を目的とした原子力技術の供与の約束をした。クリントンは2000年の3月5日間インドに滞在した。

以上は事実の羅列である。

インド人の発想は、ユニークであるといえる。赤信号皆で渡れば怖くないという考え方は決してしない。1947年にイギリスから独立してのインドは、いつも原則に基づいて独自の判断で独自の決断をしてきた。東京裁判での日本弁護、アジア大会への日本の招致、アメリカの将来性の評価とアメリカへの接近、中国周恩来との蜜月と決別、ソ連との協調、中近東との接近、中国と回教を21世紀の頭痛の種との喝破、カシミール問題のプロパガンダ、国際社会へのテロへの対策アピール、核開発と核実験、国連安保理の常任国入り等の曲がり角でインドはいつも独自の判断、独自の決断を冷徹な感覚でやってきた。右顧左眄することなく、自分の判断をいつも尊重してきた。歴史的に見ても大きな足跡を残してきている。東京裁判のインドの出張、周恩来・ネルーの平和五原則、第三勢力のオピニオンリーダーとしてのインド、独自の核開発など世界史に必ず残るインドの足跡である。

世界史の上で、4大文明国のうちのアジアの2つが、21世紀の世界の5大国にならんとしているのはまことに歴史の奇跡でもあり、又地球の必然ともいえるが、世界がいまやインドを無視することが出来なくなってきている。

「21世紀は唐天竺コンピューター時代」であると年賀状に書いたのは10年以上前の話であるが、今まさにその時代が到来しようとしている。確かに中国とインドの力は経済力でも軍事力でも(その装備は前近代的なものかもしれないが)その膨大な人口を背景に世界の大国に伍するものになっていくであろう。

この二つの国についての比較論は、両国を専門とする人達が一堂に会して議論する試みが少ないせいかあまり論じられない。インドを専門とするものとして、一点だけ共通点をここで指摘しておきたい。両国の人々は海外雄飛をしている点である。海外に出ているいわゆるインド人は2500万人とも3000万人とも言われる。母国の国籍を捨てて現地の国籍を有する印僑といわれる人々から、最近のインドではNRI(Non-Resident India=非居住インド人)それに加えて、短期長期の出稼ぎの人々をも含めての話である。一方華僑は5000万人とも6000万人とも言われる。しかもこれらの人々はその出先でそれなりの成功をしている人が多く、その血筋まで含めると、かの地での政治家や、役人、実業家として成功している人たちが数多くいると言う点である。

アメリカにいるインド人は350万人から500万人といわれるが、アメリカではもっとも成功したエスニックとの評価を受けている。アメリカにいるインド人は三つのグループに分けられる。第一が、医者、研究者、その他の専門職、特にエンジニアで全米に均等に分布している。アメリカの病院と救急室は南アジア人の寄与がなければ崩壊しているとさえ言われる。第二は、インドのビジネスコミュニティーで、貿易や宝石を生業としている伝統的なグループで、アメリカ東部の大都市に集中している。第三がハイテク分野で研究したり働いたりするためにアメリカに来た人で構成される。その多くは、航空機産業(NASAやロケット部門も含む)、電気通信、ソフトウエアとコンピューターの開発で職を得ている。このグループは、シリコンバレーやワシントン、ボストン、オースチンなどの地域に集中していて、素晴らしい職業的・個人的成功を収めている。

マイクロソフト、IBM、NASAなどのアメリカの先端業種ではインド人が20〜30%を占めているのは当たり前で、インド人SEやIT技術者なしでは動かなくなっているのが現状である。アメリカの宇宙開発技術や核関連技術が、インド人ないしはインドに知られているというのは公知の事実として議論の対象とすらならないことを知るべきであろう。クリントン大統領がインドに5日間滞在したのもインドが核実験をした後のことであり、ブッシュ大統領が訪印したのも、安保理常任理事国問題の気まずいことが国連を舞台にして起こった後のことであることも注目に値する。今回のブッシュのお土産は、何かインドとアメリカが国連をあるいは国際社会の関連をコケにしたような感じさえ受けるのは館長だけであろうか。インド贔屓の館長にとっては、又インドが独自の判断で独自の路線を原則に基ついてやったとの印象を持ったしだいである。

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