インド人と商売をするには

2003/8

インド人との交渉は世界一疲れる 
 インド人とのビジネスの経験ある日本人は、インド人の交渉力に辟易としたという話を良く聞く。インド人は、ビジネスは儲けるためにやるので、儲けることが目的となり、儲けるためには手段を選ばない。

 コンペチターの会社のレターヘッドを入手して、それに安値をタイプして机の上におき放し、交渉の途中に中座して、こちらに読ませて値引きの交渉をはかるなどという姑息な手段を使うこともある。また、韓国から有利な条件のオファーがあるとなどブラフかけてきたりする。値段の話の決着が済んだ後で、実質値引きになるような付帯条件をつけることもある。世界の最新技術情報に詳しく、それをたてに値引きを画策する。思いも吐かないようなユニークな論法で値引きを迫ってくる。

 交渉に時間をかけることをいとわない。前日に決着がついたと思われることが翌日蒸し返される。直前になって予定が変更される。

 こちらが赤字であると説明しても信用しない。納期がかかることを正直に話しても信用しない。

 契約書が膨大なページになる。契約書の英語が非常に難しい。契約書の一章一句にいたるまで入念なネゴが行われる。単純な売買の大筋が決着した後契約書を作るのに数日かかることも間々ある。

インド人は正直である?
 インド人の口から出てくる言葉は、全て自分の得になることで、それがどんなに見てくれ、聴きやすい言葉であっても、よく考えてみると言い出したインド人が得になる条件である。そういう意味で自分の要求を常に前面に出してくるインド人は非常に正直であるといえる。この点を押さえて交渉するとあまりあせる必要はなくなる。

 インド人は損して商売をすることは考えない。従い、日本人が赤字で商売を取ることを理解し得ない。どんなときでも最低5%の利益は確保していると考えている。また、納期のことで議論を丹念にする日本人を理解しない。なぜなら、納期を守れずに後で弁解して住むインド社会の通念が身についているからである。

 「時は金なり」と言うことわざを、時は金にかえられないと解釈しないで、交渉に時間をかけて儲けようとの考え方だと思っている節さえある。高速料金を節約するため一般道を走り、「時は金なり」と言っている議論である。

契約書は裁判で意味を持つ
 契約書が膨大になるのは、何か不都合が起きたときには、訴訟を常に念頭においているからである。インドでは、何処の会社も訴訟を抱えているのが当たり前で、その訴訟は契約書の内容により結果が左右される。裁判官は契約書と弁護士の論陣に重きを置いているようで、法の適用は弁護士が取上げる法と契約書の記述により行われるようである。従い、契約書の段階から裁判を念頭において条文が作られていくわけである。契約書に書かれていないことは全て自分の有利に解釈するのがインド流で、従い契約書は双方の利害の線引きの行われる場であり、双方の注意点が全て盛りかまれるため膨大になる。

口約束が絶対の世界

 全ての契約でこんなに時間をかけては社会は動いてゆかない。インドの社会では、同一コミュニティーの中では全てが簡単な口約束で動いてゆく。面倒な契約書は一切ない社会である。いわゆるカーストと呼ばれる世界である。インドには数百種類のカーストがあると言われる。同一カーストあるいは伝統的なカースト間の契約は全て口約束で動いているようだ。かなりの高額な取引でも、首を横にかしげるイエスのサインで全てOKである。これは歴史、文化に裏打ちされているからである。ひとたび約束事を破ると村八分となりインド社会で生きていけないという生存権を脅かす罰があるからでもあろう。ラージャスタン州には、借金の担保はあごひげ一本を引き抜きテーブルの上におけばそれでよいというカーストがあるそうです。ホテルのサウナでマルワリのおっさん達が素裸で数クロール(千万)ルピーの貸し借りの話をしたりしている。宝くじ大当たりをしたデリー在住のドビー(洗濯屋のカースト)が全てを自分の所属しているコミュニティーに寄付したと言う話はカーストの絶対性を物語がたっている。
 
 ところが外人とは文化的な背景がまったく異なるゆえ、契約書はいわば比較文化論から
始まらざるを得ないのである。従い膨大にならざるを得ないわけである。

インド人と上手くやるには
 こんなインド人と商談をやるときには、自分の考えていることを、相手に理解させることが必要である。直裁に、飾らずに、率直にこちらの条件を十分理解させることが必要である。沈黙は金と言う考えはインドでは評価されない。相手もの申し出は、こちらの得にならないものは断ることが大切である。

 食事への招待はよほどのことがない限り必要ではないし、長年の習慣で外で食事をするのを好まない人も少なくない。贈り物は喜ぶが必要不可欠の物ではない。服装も飾ることはない。ただひたすらに交渉をすることである。交渉に交渉を重ね、商売に商売を重ね、お互いに理解し合い気心が知れてくるとまったく予期せぬ局面が開ける。コミュニティーの一員あるいは家族の一員として扱ってくれるようになる。こうなると値段は厳しいが他の条件でだますようなことはなくなる。非常に何もかもがスムーズに行くようになる。アポなしで自宅まで四六時中いつでも入っていけることになるし、向こうもこちらの寝室まで平気で入っていたりする。突然何の前触れもなく昼飯時に出向き昼をともにすることなど日常茶飯事になったりする。七年に及ぶ駐在を終え日本への帰任の挨拶に取引先を訪れたときに、邪魔にならない御礼にと金額欄ブランクの小切手を「必要なときに、必要なだけつかってく。お前にはいろいろ世話になったから。」言いながら、渡されたとき、インド人と良い付合いが出来たと震えた記憶がある。相手は裏金一切なしの取引をした政府企業の会長である。

 インド人との交渉に辟易とすることなく、本音で付合いができるようになると、インドは魅力的な国になり、インド人がかわいく見えてきたりするようだ。

 

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