交渉はうんざりだが、本音で付き合うと……

2003/5

インド人あるいは印僑とのビジネスとなると、マユをしかめる日本人が多い。何しろお金に対する執着心がすざまじい。1円あるいは1銭の値引きのために、数週間、数カ月も粘る。交渉を続けているうちに、うんざりしてくる。しかし、いったん仲間内に入れてもらうと、そこには別世界の魅力あふれるインド社会が開けてくる――。

◆へきえきするインド人との交渉
 インド人とビジネス経験ある日本人は、インド人の交渉力にへきえきとしたという話をよく聞く。彼らは、交渉に時間をかけることをいとわない。前日に決着がついたと思われることが翌日蒸し返される。ようやく契約にこぎつけても、直前になって予定が変更される。
 コンペチターの会社のレターヘッドを入手して、それに安値をタイプして机の上に置きっ放し、交渉の途中に中座する。わざとこちらに読ませて値引きの交渉をはかる、などという姑息な手段を使うこともある。また、韓国から有利な条件のオファーがある、などブラフかけてきたりする。値段の話が決着した後で、実質値引きになるような付帯条件をつけることもある。世界の最新技術情報に詳しく、それをたてに値引きを画策する。思いもかけないようなユニークな論法で値引きを迫ってくる。
 契約書は、見ただけでうんざりするほど分厚い上、使われている英語が難解極まりない。しかも、1言1句にいたるまで入念なネゴが行われる。単純な売買の大筋が決着した後、契約書を作るのに数日かかることもままある。
 彼らの口から出てくる言葉は、すべて自分の得になることばかりである。どんなに見てくれのよい言葉であっても、よくよく考えてみると、言い出したインド人が得になる条件なのである。自分の要求を常に前面に出してくるという意味では、インド人は非常に正直な国民であると言える。
 「時は金なり」と言うと、日本人は「時間がもったいない」という意味に取る。しかし、悠久の歴史を持つ彼らには、そういう感性はない。高速料金を節約するため一般道を悠々と走り、トクをしたと思うのがインド人である。交渉に時間をかけて儲けることが、彼らにとって「時は金なり」なのだろう。

◆仲間内では口約束で多額な取引も
こんな話をすると、インド人とはとてもビジネスなどできない、と読者の方は思うかもしれない。しかし、どんな国にも建前と本音がある。パイナップルのトゲトゲした皮をむくと、中からジューシーな甘い果実が顔を出すのと同じだ。
インドはご存じのとおり、カーストの社会である。インドには数百種類のカーストがあり、同一カーストあるいは伝統的なカーストの間では、面倒な契約書など一切ない。すべては、口約束で動いている。
ホテルのサウナなどに入ると、マルワリのおっさん達が素っ裸で数クロール(千万)ルピー(1ルピー=2・66円)の貸し借りの話をしたりしているのを見かける。話が終わると、聞き役のおっさんが首を横にかしげる。これは「ノー」と言っているのではない。首を横にかしげるのは、インドでは「イエス」のサインなのだ。サウナから上がった後、彼らは改めて契約書を取り交わすわけではない。口約束だけで、十分なのである。なぜなら、彼らが同じカーストの仲間だからだ。
ラージャスタン州には、借金の担保はあごひげ一本を引き抜きテーブルの上に置けばそれでよい、というカーストもある。こうした風習は、インドの長い歴史と文化によるものである。インドでは、ひとたび約束事を破るとカーストの中で村八分となり、生きてゆくことができなくなる。いわば生存権そのものが剥奪されるのである。宝くじで大当たりしたデリー在住の洗濯屋が、もらった賞金をすべて自分の所属しているドビー(洗濯屋のカースト)に寄付したという話があるが、これもカーストの絶対性を物語るものであろう。
 こうしたインド人と商談をやるときには、自分の考えていることを、忍耐強くとことん相手に理解させることが必要である。直截に、飾らずに、率直にこちらの条件を十分理解してもらう。日本風の腹芸とか「沈黙は金」といった考え方は、インドでは評価されない。
インドではまた、韓国や中国と違って、会食の接待はよほどのことがない限り必要ではないし、長年の習慣で外で食事をするのを好まない人も少なくない。贈り物も喜んではくれるが、必要不可欠のものではない。服装も飾ることはない。ただひたすらに交渉をすることである。

◆差し出された金額欄空白の小切手
交渉に交渉を重ね、商売に商売を重ね、お互いに理解し合い気心が知れてくると、まったく予期せぬ局面が開ける。コミュニティーの一員あるいは家族の一員として扱ってくれるようになる。こうなると、何もかもがスムーズに行くようになり、値段の交渉は厳しいが、ほかの条件でだますようなことはなくなる。
私の経験では、アポなしで四六時中いつでも相手の自宅に入っていけるようになるし、向こうもこちらの寝室まで平気で入ってきたりする。突然、何の前触れもなく昼飯時に出向いても、相手は大歓迎で昼をともにすることなど日常茶飯事になったりする。
私が7年に及ぶ駐在を終え、日本への帰任の挨拶のために、長年の取引先であった政府企業の会長室を訪れた時のことである。私が来訪の趣を話すと、会長はつと立って、机の引出しから小切手を1枚取り出し、「これなら旅の邪魔にならないだろうから受け取ってほしい。お前にはいろいろ世話になったから、必要なときに、必要なだけ使ってくれ」と差し出した。金額欄は、ブランクのままである。受け取った私の手が、感動でぶるぶる震えたのを、今でも覚えている。インド人と本当に良い付き合いができたと、あの時しみじみと感じた。
会長とはもちろん、裏金一切なしの取引であった。小切手は今でも、私のアルバムの中に大事に保存している。インド人との大切な友情の証として……。
インド人との交渉は、たしかにくたびれる。しかし、仲間に入れてもらい、本音の付き合いができるようになると、インドは魅力的な国になり、インド人がかわいく見えてきたりするのである。

 

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