私のインド7不思議

2002

インドに生活してそろそろ19年になる。その私が、近頃感じるセブンワンダーが有る。

 覇者の不在
日本の高校の世界史で印度の歴史に割かれる時間は年間45分と言われる。その中で言及されるのは、4大文明、アリーや人の侵入とバラモン教、カースト制度、釈迦の話、回教徒の侵入、ムガール帝国、英国を初めとする西欧の侵略、独立運動とネルーとガンジーなどで、文化遺産としてタジマハル、エローラ・アジャンタ石窟寺院紹介される、中国の歴史杜比べると覇者の不在が顕著である。中央集権的な専制君主の酒池肉林の話は皆無である。アショカ大王に代表される覇者達については、仏教を敬い、旅人を大切にし、慈悲のアシュワメーダ(馬司祭=馬追いの祭り)の逸話が語られる。覇者が専制的に権力を楽しむ習慣はムガール進出まで待たなければならない。

 外国からの侵略
従い印度の王達は外国を侵略する事など思いもよらず、常に外国からの侵略に任せた感がある。古くはアーリアの進入、ムガールの侵攻、西欧諸国の侵略である。こんな無警戒な大国は聞いたことがない。

 外国文化のインド化
多くの外からの影響を受けながら、インドはそれを常にインド化してしまい、結果的にはインド文化がその包容力で消化吸収してしまう。インド化された回教は他国の回教とは随分違っているのはご承知の通りである。ヨーロッパに行ったアーリア人の一派は行きつくところキリスト教と言う一神教に収斂したが、インドに入ったアーリア人はインドの影響をまともに受けて、現在の多神教を基盤とするヒンドゥーイズムの真っ只中にいる。英語も結局はインドが世界最高の使い手になる過程に有るとも言える。

 外貨危機を外貨の自由化で乗りきる独自の発想法
1991年の2月、インドの外貨準備は5億ドルを割り、対外決済が不能になりかねない事態となり、日銀、輸銀の2億ドルあまりの援助でなんとか危機を回避した。その後、5月には新経済政策を発表し、ルピーの切り下げを行い、それと同時に、外貨自由化の施策を打ち出した。翌々年末には150億ドル近くの外貨を保有する事になり、ものの見事に外貨危機を乗りきった。外貨危機を発った年で、しかも外貨規制を緩める方向で乗りきったインドの英知は他の国では見られないものであった。日本も、インドネシアも、他のあらゆる外貨危機を経験した近代国家は、外貨規制を行う事で外貨危機にあっているのが歴史的事実である。インドの発想法はユニークであり、独創的である。それが、独自の判断でサンフランシスコ条約とは別個に日本と平和友好条約を結ぶ判断した歴史的事実にも通ずるところである。

 母国語を捨てる
インド文化は独特のものがあり、しかも深い。ある人曰く、文化交流といっても一・二年やるともう日本に紹介する種が無くなるような国が多い中で、インドと中国は別格で10年20年日本へ紹介するものがある。声明、音楽、舞踊、絵画、彫刻、文学等あらゆる方面で非常に高度な文化遺産を継承している。そのインドが全体的な方向として母国語を捨て英語に収斂しつつある事は大変なことである。日本を例として考えるといいかにとんでもない事か良くわかる。

 飢餓からの脱出
英国統治時代から独立数年までインドは5年置き位に、飢餓に悩まされていた。飢餓の時には数万人から数十万人が死んでいった。それが現在では毎年数千万トンの余剰グレインを産出するまでになっている。10億人の食料生産とその配分を大きな瑕疵無しにインドはやっている。これを独立後十数年でやり遂げている!

 ヒーローホンダの奇跡
ヒーローホンダの100ccバイクの評判は国内外で非常に良い杜聞く。ヒーローホンダ1社で年間約150万台生産している。過去5年にわたり年々10万台近く増産している。10万台というと工場1つの生産量といえる。これを5年間連続して増産したことは、瞠目する事で、これを指揮した人を敢えて英雄と呼びたい。が、しかし、それが達成されたのは山崎氏の手柄だけではなく、それに応えたインドの技術レベルがあったといえる。汲めば応える技術の潜在能力がインドのベンダー企業及びそこに働くインド人技術者に有ったからに外ならない。そこを見ぬいたところにこの奇跡を起こす1つの秘密があったのではなかろうか。

 ITソフト開発
カーネギーメロン大学のSEIのソフトランク表のトップのレベル5に位置する世界の企業は約30社あるという。その中でインドの企業が約半分を占めている。日本の企業はレベル2〜3と言われる。インド人チームワークは不得意といわれる。そのインド人の会社が組織としてレベル5に綺羅星の如く並んでいる。インドのソフト開発の行きつく先は見当がつかない。最初は、プログラムのバグのチェックを行う事から始めたインドがいまや世界のソフト開発の先達として君臨している。アメリカにいるインド人、その数xxマン人と言われ、IT産業のあらゆる分野に浸透している。もはやアメリカはインド人無しではITが動かなくなっていると言われる。クリントンをして5日間インドに滞在せしめた理由はこの辺にあるのかもしれない。

 

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