日印関係の新黎明期

2001/11/7

1998年5月、インドはかねがね保有を懸念されていた核兵器の実験を、パキスタンとの国境を接するラジャスタン州のポカランで、強行した。

それに対抗する形でパキスタンは中国のかなり直接的援助の基に実験をやり返した。日本は、その直後のG7で橋本首相がインド・パキスタンをぺナライズする意味での経済制裁を提案した。

G7では、結局制裁の協同歩調は整わず、日本の一人相撲と言う形となり、印・パ両国に対し、日本の首相がぺナライズという言葉を使ったという事実だけがやけに印象に残る形となった。

その後アメリカを除くG7の国々は日本の危惧をよそ目に、両国との関係は特別な経済制裁を行うことなく継続された。

当地に進出している日本企業は、日本政府が一方的な制裁宣言する事によりインドとの関係が疎遠になることは、巨大市場に日本だけが出遅れおいてけぼりをくらい21世紀の大きな間違いになるとの趣旨の感想を日本側に送り続けた。

昨年8月に訪印した森首相は、在印日本人の危惧を和らげるかの様に、制裁解除を除きあらゆる点で日印関係の重要性を強調し、両国の関係を「21世紀似おけるグローバルパートナーシップ」とまで謳いあげて、インドでの点数を稼いだ。

それに答える形でバジパエ首相が本年の2月訪日を予定していたが、グジャラト州の地震で訪日は延期となった。インド政府は日本の地震に対する援助を快く受け入れた。

そこヘ、今回のアメリカのテロ騒ぎが起こり、印パ両国の支持が欲しいアメリカは制裁解除に踏切った。日本政府も早くから制裁解除に踏切る構えを見せたが、田中外相と自民党の外交委員との軋轢もあり、かなりの時間がかかることとなった。

政治的なセンスでは定評のある、小泉首相は、インドに人気のある森前首相に制裁解除の使者をお願いした。

森前総理を迎えるインド政府は、大歓迎で昼食会まで考えた。しかし、民間のマスコミは日本の一人相撲が終わったとの皮肉な報道をしたところもあった。

バジパエ首相は森前総理の訪印もあり、12月7日から11日までの訪日を正式に決めた。

8日に大阪、10日に東京での公式日程をこなす。この首相の訪日に会わせて、インド商工会議所連盟のメンバーをはじめとする経済界のVIPも訪日する。ようやく日印間にかかっていた気になる雲が晴れた感じがする。両国間にあったいやな小骨が取れたと表現する人もいる。

来年は、日印修交50周年である。両国政府はそれなりのイヴェントを考えている。元首の相互訪問も噂されている。まさに新たな日印関係をはじめるのに、絶好の機会といえる。

日本の企業にアンケートを取ると、長期的にはインドは中国につぐ重要市場であるとの結果が出るが、短期ベースでは7から8番目にインドが登場するのみで、従いインドへ進出を考える企業は、長期的な視野を持ったところに限られている。例えば、トヨタ、ホンダ、自動車関係部品メーカー、旭硝子、味の素、YKK、日新(ラーメンの)などである。

この辺りで、そろそろ他の分野でもインドを中心に考えることをはじめてはどうかと提案する。インドは世界経済に左右される面と、インド独特の経済世界を持つ独特な国であり、やり様によっては今が進出の絶好の機会といえる。機は熟している。

 

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