新しい日印関係

2001/8/31

 80年代後半にはじけた、バブルの後始末がようやく日本では終わり、日本企業は21世紀に向かって、その青写真を作り始めている。その1つが改めて、海外進出の必要性の再認識と言われている。将来の進出先として日本企業をアンケート調査すると、10年〜20年の長期的な関心では、中国についてインドが2位に位置している。しかし、短期的な関心を問うと、インドは中国、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンよりも後ろにランクされる。結果昨年は対中国に比べ10分の一以下である。
日本の海外投資に関して、今リストラ完了後の2台目のバスが出発しようとしている。このバスにインドが乗り遅れないようにするには如何したら良いのであろうか。

 先ず第1に提案したいのは、インドが儲かる市場であるとの認識を世界に知らしめることである。中国に日本企業を初めとする世界の企業が進出するのは、中国進出が儲かるからである。そう言う意味ではエンロンのケースはインドを宣伝するためには大変なマイナスになっている。

 第二に提案したいのは、新しい日印関係を作る必要性がある点である。

長期信用銀行は2000年初めに経営破綻が確定的となり、二月初めにニューLTCBパートナーズ社に買い取られる事となった。ニューパートナーズ社は、CEOとして元CITIコープの八城基政氏を送り込んだ。
 
 八城氏は出身のCITIコープから相当量の人材を連れて乗りこみ、聖域無き改革を進めて来ている。CITIからの進駐軍団の中にインド人が約100名いる。また営業関係のナンバー2はインド人であるという。彼はアメリカで教育を受け、CITI現場訓練を積み、所謂インド人臭さは全く無く、アメリカ人を思わせる立ち居振舞い思考方法をしていると言う。アメリカ人になりきっていると言う。しかも日本で約1年磨きをかけ日本人の気をそらさず、上手に扱う術を身につけているという。

 CITIはそのコンピューター関連の開発については、インドのNucleus社に依頼していた事もあり、新生銀行のソフト開発はインドのNucleus社に殆どを任せる事となった。その結果、Nucleus社は選任の30名のインド人を張りつけることとなった。バンシル氏は約1年半日本に滞在し片言の日本語を話すようになった。日本人との商売は英語での対応を余儀なくされるが、話してるうちに対応する日本人は全く外人と話している違和感が無くなるほど、彼は日本人の気持の動き、気にする点をカバーしていると言う。インド人ではなく日本人になりきっていると言う。

 ソニーは7月の初めバンガロールでのソフト会社を新事務所に移転しその披露を行うため、社長と愛甲顧問がバンガロール入りをした。ソニーのソフト会社はいずれも日本人無しで、インド人がCEOであるという。愛甲氏によれば、顔はインド人であるが考え方は全くアメリカ人と言おうか、国際人の発想で仕事をやり対応もしている。

 今三つの例を挙げたが、共通点がある。

 先ず第1に当該のインド人が若い事が挙げられる。現在のインドの所謂日本通、また日本のインド通の日本人は偉くなりすぎ年を取りすぎている。その人達が相変わらず両国に関する古い知識にや経験に基づいて対話や話合いを行っている。古いデータに基づいた話には日本側も乗ってこない。

 第2は、この三つの例はインド人が相手にインド流を押しつけていない点である。アメリカにいるときにはアメリカ人以上にアメリカ的に考え、日本にいるときには日本人以上に日本人的に振舞っている。そして、最も重要な点は、アメリカではアメリカ人を扱う方を身につけ、日本では日本人を扱うやり方を身につけたことである。アメリカで成功したインド人はインド流を決して強要しなかったし、そんなものはアメリカでは通用しなかった。インドのバブーをアメリカで押し通そうとしたインド人は成功しなかった。優秀な役者でもあるインド人はインド人の素養を基礎的には保有しながらアメリカ流を見につけた。優秀なインド人にはこのような二重構造を使いこなす素養は充分あったといえる。インド人の基礎的な素養の重要な部分は、少なくとの二つ以上の言葉を苦も無く身につけ、異文化とうまく折合いをつけて接触出来る訓練を生まれながらつけている点である。新世代は、インド流は世界で通用しないと喝破し、国際人に脱皮した。新インド国際人の登場である。

 第3は、この人達は働く事が飯より好きな人達である。日本人がワーカホリック呼ばれた時代があったが、新インド人がそれと呼ばれる資格がある。サボる事が美徳のごとく言われたインド人の慣習が変わった。

 このような新しいインド人が輩出して、インドの新生経済を動かし初めていることを日本側は認識する事が肝要である。このような、新インド人はIT関連に多いことは事実であるが、ニューデリーを中心とした北インドの自動車部品会社の2代目社長達にも少なくない。恐らくバンガロール、チェンナイにもいるであろう。

 このような新インド人と日本の若い経営陣と実際的な接触が始まる事を期待したい。それなくして新しい日印関係は構築されないであろう。その新しい日印関係が日本のインド進出に拍車をかける一助となろう。

 

BACK HOME