ライセンスラジからマーケティングラジへ

2000/2/10

 インドはパキスタンと共に1947年に英国から独立した。それまでの英国統治時代をイングリッシュラジと多少の愛惜をこめて呼ぶことがある。苛斂誅求を極めた植民地時代の搾取のシステムをある程度割引して、古き良き時代(Good Old Days)を懐かしむ。昔はこうじゃなかった、町はもっときれいだった、道徳をもっと守っていたとかと、懐かしむ世代がいまだにインドには存在する。

 ラジと言うインド語(ヒンディー語)は、政治・統治を意味する。ラージャ又はラジャとなると統治する人すなわち王を意味する。マハラジャはマハ(摩訶)は大きいを意味し、ラジャは王であるから大王となる。

 英国からの独立後、ネルーの理想に燃えた国作りは、インド憲法の前文に記されているように、社会主義的国を標榜しながら、先ず青写真作りから始まった。搾取の現状を目の当たりにしていた世代が統治する側に立ったわけだから、生産の拡大もさる事ながら、富の分配に意を尽くしたのは当然の事といえる。計画経済の考え方を導入しながら、富の偏在が起こらないようにするため、いろいろなシステムが導入されたわけである。

 重要基幹産業の国家統制がそれであり、労働者の保護、独占禁止法、輸出入の統制、産業の規制、外貨の国家管理、外国企業の牽制などが、主たるものであった。他方インドは他の社会主義国と異なり、民主主義を基本に据えて国を経営すると言う理想を掲げていた故、民間企業の育成にも意を用いることも行った。国家が重要基幹産業の大部分を直接CORPORATIONあるいは、大統領が株主になる形で行うと共に、民間企業にも一部分をやらせる、いわゆる混合経済の形をとることになった。官民両方の微妙なバランスをとる方法として導入されたシステムが許認可という制度であった。

 インド政府は、いつの時代からか、すべての産業に対して、需要の7割〜8割程度の生産能力しか許認可を与えず、ひとたび許認可をもらった会社は、官民ともに作れば売れるという恩恵に浴することになった。生産工場の許認可だけでなく、サービス業に対しても、許認可は恣意的に与えられた気配があり、認可を取ったところが天下を取ることとなった。この時代を多少の皮肉を込めてライセンスラジと名づけて呼ぶ。

 この時代は独立以降、1991年の経済大開放の時点まで続く。政府は、複雑な規制を作りライセンスを取るために習熟した手法を知っているもののみに有利になるシステムを作り上げた。いわゆる財閥系がほとんどの民間企業に許された業種のライセンスを取る結果となった。一方で、政府は、独占禁止法で特定財閥のみが寡占することを阻止する方策もこうじ、バランスをとることとした。自給自作を目指す経済ではこの種の青写真がうまく機能すると説く学者もいない訳ではなかったが、現在の世界はご存知の結果となっている。

 いったんライセンスを取り付けると、儲かるのは必須で、競って有利な業種のライセンスを取ることが、企業成功の要諦となった。又、ライセンスに順ずるものとして、インセンティブやクオータをいかにして、中央政府、地方政府から取り付けるかが金儲けのコツとなった。これらの変形の一つとして、政府から土地の割当てをしてもらうなどもあった。更に、特別な輸入許可を交付してもらうなどもこの種の変形といえる。ライセンスラジ華やかな時代の諸特権である。

 1960年代にトヨタ自動車は、ミッションをインドへ送り、当時のカルカッタのヒンダスタンモーターを見学訪問している。当時のヒンダスタンモーターは自製率97%といわれていて、日本の自動車産業と並ぶ実力があったと言われた。30年後の現状の差がどうなのか言うまでも無い。競争の無いところに進歩は無かったという歴史の大実験を見る感がする。ライセンスラジは技術の進歩を阻む結果となった。インドの会社は外の最新技術に対しては神経質なくらい関心がある。従い、日本が機械設備を納入する際にはうるさいくらい最新の設備を要求してくる。しかし、ひとたび納入すると買い付けた機械設備に一切手を加えることをせずに、動かなくなるまでメインテナンスに金をかけない。一方、例えば、日本国内の繊維メーカーの場合、ひとたび機械の納入が終わると機械メーカーの社員は立ち入り禁止となり、納入された機械がどのように手直し改良されたかを外部に漏れるのを心配するという。インドでは、競争者がいないためライセンスに胡座をかいていたわけである。

 一度ライセンスを取れば儲かるということが自明の社会では、金儲けに繋がるライセンスを取るためには何でもするという風潮を生んだ。それが汚職の温床となったという説をなす人もいる。確かに、ライセンスを最終的におろすかどうかを決済するのが大臣であれば、魚心に水心ということもあったであろう。大臣以下、ライセンスの種類に応じて、レベルに応じて役人の汚職の温床になっていたという噂を全く否定は出来なかったであろう。それらの不都合を防ぐ意味で単数の役人が許認可をおろすことから、委員会が結審するような制度も導入されたが、関連する役人の数が増えただけで、透明度が必ずしもあがったわけではなかった.
 ライセンスを取るときだけではなく、一度入手した後は、競争者が出てこないように、その筋に働きかける事も行われたと言う。担当官がファイルを動かさないだけで競争者の出現が遅れるわけであるから、鼻薬程度の出費でかなりの効率良い投資となったはずでもあった。そのため、後発の企業がライセンスを取るためにはかなりきついハードルを超えなければならなかった。

 ライセンス制度は、国家が容易に、産業の動きをチェック出来、計画経済を施行するには意味のある制度ではあったが、技術の発展を阻止し、官主導の硬直型のシステムであり自由奔放な民間の活力を引き出すことを難しくし経済発展をも阻止することとなった。更に副産物として、政治の経済活動への過度の介入と汚職の温床も作ったようである。

1991年の経済大開放はライセンスラジの終焉を告げるものであったにもかかわらず、その新の意味を理解出来ずに相変わらず、夢を追っているインド企業も少なくない。いまだに政府に対し、インセンティブの期待や、大臣の特別案件に対する介入を歓迎したりする風潮がある。

 自由化の直後の数ヶ月は、あまりにも自由化の範囲が広すぎたため、戸惑いが生じ、大きく動き出すインド企業は無かった。その後、急激に、何にでも手を出すところが出てきた。早く認可を取って儲けようとする思いつき案件の外資合弁が多発した。それも長続きすることなく終焉した。自分の企業が関係無いことをやるわけであるからうまく行かないのが当たり前であったろう。その後、旧財閥系は、軒並みに外国コンサルタントに自分の企業グループを分析してもらうことを依頼することとなった。この風潮はいまだに継続している。

 確かに高金利のインド市場でやって行くためには、いかに資本を効率良く運用するかは大事なことであり、コンサルタントの分析も役には立つであろう。しかし、その前に、ライセンスラジの時代に培われた考え方を払拭することが先決であろう。作れば売れる儲かる時代は終わったのである。政府に働きかければ儲かるシステムが構築できた時代は終わったのである。今現在進行中の財閥系のリストラは、ライセンスラジからの変態を目指すもので無ければならない。蚕が育つように図体だけが大きくなる脱皮ではなく、青虫からさなぎへの変態、蛹から蝶への変態でなければならない。

 ライセンスラジの後に来たものは何であろうか。色々な議論があろうかと思うが、それは、マーケティングラジであろうと考える。

 マーケティングには二つの側面がある。市場調査を十分行うことにより、市場のニーズを把握する面と、市場に働きかけることにより、ニーズを作り出す面である。どんな車に乗りたがっているかを調査してその車を作る面と、新しいスナック菓子を作りそれを子供達に買わせる面がある。

 今インド市場はいわゆる大化(オオバケ)の直前にあると言える。例えば、自動車の生産台数は2025〜2030年には1000万台を超えると言われている。現在の10倍強である。ペットボトルの生産は恐らく1000倍を越えよう。軒並みに大化するものが出てこよう。

 インド市場が変化をしようとしているのは、単にインドの要因ではなく、世界の変化の一環としての変容である。いみじくもインドのある官僚が指摘したように、1991年の自由化は、セルフリライアンスの時代からインターデペンデンスの時代への突入である。マハトマガンジーの理想をかなぐり捨てた変容であった。哲学が、思想が、政治の基本的考え方が180度転換したとき、経済界での企業の考え方が変わらなければ生き残れないのは当たり前である。急激な思想の変化について行けない企業グループが外国のコンサルタントに分析を頼んだのは致し方ないことではあったが、企業の思想を変えることが先決であった筈である。

 世界の経済が世紀の大変容を遂げようとしているとき、その変化に対応し得たところのみが生き延びることとなろう。これは、日本企業も現在直面している試練でもある。変容の内容は、情報の共有化を急激に進めつつあるインターネットの存在も看過できなし、携帯電話に象徴される情報の固有化も考慮に入れる必要もあろう。インドでは今後急激に伸びて行くテレビの影響も無視できない。

 明日の商売の形が予測できないほど、変化の速度が高まっている。どのような商売が明日出現するかわからないときに規制は出来ない。丁度、タバコが聖書に規定されていなかったために聖書によってタバコを規制することが出来なかった話しを思い出す。規制すべき対象が知られてないときに前もって法の整備は不可能である。コンピューター上の取引が行われるようになったとき日本の法の整備が後追いになった事例を思い起こす。いくら優れたインドの官僚と言えども、判らないものに対する許認可規定を前もって作るわけには行かないであろう。誰かが始めた新しいビジネスに対し、政府は追認せざるを得ない状況に追いこまれる。漫画的に言えば、政府がライセンスを持って、新規事業を追いかけるの図となる。賢いインド官僚はそんなことよりもっと自由化を進めて、すべてをコマーシャルパワーが決める方法の法が良いと判断しているようで、自由化の速度は上がる一方いであろう。

 その自由化のインド市場で天下を取るのはマーケティングに間違いない。インドの約十億の人口のどの階層を狙うかを見定めて、マーケティングを行い、自社の製品を売り込むことが天下を取る要諦であろう。

 韓国製品のインド内での知名度は彼らの行ったマーケティングによりかなり高くなってきている。LGやSAMSUNに代表されるテレビ、コンピューター、白物のコマーシャルはかなりの影響を市場に与えている。日本を代表する東芝、日立の製品に比べると段違いの知名度である。

 インドに在住する日本人が付き合うインド人は恐らく最上層部の1%にも満たない人たちであり、一般常識は多少問題あるとは言え国際人と言って良い人たちであろう。この人達は恐らく、韓国と日本の相違を知っているだろうし、技術の日立を知っているかも知れない。しかし、実際にインドでテレビなり洗濯機を買う人達は、日本と韓国の違いや、LGが韓国の合弁であり、BPLが日本の合弁であることを知っているのであろうか。恐らくは否であろう。LGの製品はテレビのコマーシャルを通じてなれ親しんでいても同じような製品を日本がインドで生産していることなど知らないであろう。新需要層に対するマーケティングの大切を軽視してはならない。

 トヨタのQUOLISが5月まで予約でいっぱいと聞く。価格もさる事ながら、売り出し前からのコマーシャルに、又発売後のコマーシャルに、又各種イベントに対する売込みに対する努力に敬意を表したい。又、インド人の食生活を変える意気込みで7年前には30万食でしかなかった売上をいまや400万食まで伸ばした、日清食品のインスタントヌードルのマーケティングを徹底的に行った松浦氏にも敬意を表したい。

 ライセンスラジの思想を持ちつづけているインド企業に明日はないといったが、その考え方に批判はしていても、自らがインド市場の変化に気がつかない日本企業はいるとすれば、同罪といえる。警鐘を鳴らす所以である。

 時代は、ライセンスラジからマーケティングラジに変容を遂げている。

 

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