天竺再来

2007/2/23

地球と呼ばれる、水の惑星の表面にここ10〜20万年前に蠢き始めた、人と言う動物が存在する。ある人は、青い地球、又ある人は宇宙船地球号と地球のことを呼ぶ。悠久の宇宙、いや今では宇宙の開闢は137億年(±2億年)と試算されているが、ともかく人がこの地球上に現れたのがごく最近のことである。
その人類が、人間らしい文明を作ったのが、メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明の四大文明と呼ばれると習ったが、今ではこの概念はあまりにも狭窄的であるとされているが、それ以外に文明はあったにせよ、人類の代表的な文明であったことは歴史的事実であろう。その四大文明は後世に色々なものを遺産として残してきたが、その中で影響力を発信できなくなったメソポタミア・エジプト文明もある。
インダス文明に根を発するインドの文化文明は途切れることのない影響を世界に発信し続けて今日に至っている。又、将来歴史の黄金時代のように世界に燦然たる影響を与えるというご神託がゴールドンマンサックスからなされ、今その熱に日本が浮されている。(その御神託レポートを書いた当事者の中にインド人が主役的役割をしていたのは先刻御承知の通り。)

天竺再来

日本人は、釈迦の生まれた国を天竺として、理想郷として拝み奉ってきたが、その天竺が再来する時代となった。
インドが再び理想郷天竺として再来する要件を見てみよう。

アメリカとの関係
  先ずこの宇宙船地球号の船長であるアメリカとの蜜月を挙げる必要があろう。船長は全ての権限をオフィシャルに認められているわけではないが、いざとなれば、武力を行使してでも、彼が考える正義に基づいて征伐をしてきている。宇宙船の中で最も必要なことは船長派であることである。その点インドはITにおいてアメリカの最重要先端技術分野を掌握しているのでアメリカはインドを無視できない立場である。アメリカと蜜月でありながらアメリカと対等に話が出来る国はインドをおいて無い。アメリカがインドの核を認め、更に、核の平和利用技術の協力をしている事実と、一方でインドがロシアから原子力発電所建設の援助を取付けている事実は、インドの力を示すものであろう。アメリカはITにおいてインド無しにはやって行けないし、インドの言うことやることには異を唱えることが出来ないのである。
今後10年間の安定成長
  今後10年間インドは安定的に6〜8%以上で経済成長する国である。インドを訪れる日本の金融関係の研究機関や、コンサルタント、インド経済学者は一様に問題なくインドは成長するとコミットしている。更に他にはそんな市場は地球上にないとも言っている。
現在でも3億の消費者層が存在するという。日本の市場より大きいのである。将来はそれが更に膨らむ大変な市場でもある。
資源開発の可能性
  現在の科学技術の進歩は大変なもので、年々石油資源は少なくなるのではなくて、年々のエンジニアリングの進歩により、採掘可能な資源は増えてきている。それに原料精製技術も進歩しローグレードの原料も商業的に扱い可能の範囲が増えているということも寄与している。更に、それに輪をかけているのが探査技術の進歩である。これらの進歩により当面採掘可能な化石資源は増え続けている。
現在のインドは化石燃料をかなり輸入しているが、将来はその更に進む探査技術で、資源を見つけ採掘し、精錬しひょっとすると輸出国になる可能性も秘めている。インドは化石燃料の探査を完全にはやっていない。これからの資源国の可能性を秘めている。
農業の可能性
  インド可耕面積は中国より広いことは広く知られている。水の問題さえ解決されれば世界の穀物蔵になれる可能性がある。
資質
  インドの優れた頭脳が今世界のITをリードしている。インドのIITの競争率は60倍であり、IITに入れなかった若者が次の選択肢としてアメリカのMITに行くという話しはジョークではない。そのくらいインドの先端教育は進んでいる。
従来のインドの教育は暗記主義であったが、今はその思考を無限に伸ばす方向に転換している。インド人はその資質において、頑迷固陋ではない。新しい考え方やシステムを受け入れる資質が有る。
日本人の資質の一つに現状維持というのがあるが、インドにはその面もあるが進取に性質もあることを忘れてはならない。インドの多様性はそこから生まれてもいる。
昨日のインドを頭に描いて、インドはこうだと極めつけるインド論を吐く人はインドを語る資格はない。インドで起こることを決め付けると問題の解決には結びつかないのである。起こる問題も多様性なら、答えも多様である。

インド人は言ってみれば人類の中で理想の人種かも知れない。内政的で、かつ外には発言し、禁欲的で享楽的でない。いつも自分の心を見つめ、それを元に他を観察し、発言する。そして学ぶことの面白さを認識して、低位の娯楽に走らない人がいる。人の心の問題ほど面白いものは無いことを知ったという点では、インド人は世界で一番である。梵我一如を考案したインドである。幸福度がかなり日本と異なるようである。

肉体的にも、白黒黄の適度の混交は強い人種を作り出しているようだ。それは、視力、手先の器用さのような運動能力などの優れた面があり、動物学的に粗食に耐える人種となっているようである。又繁殖力については言うまでも無い。
変化は起こるのではない、起こすもの
  インドが天竺として再来する歴史的変化は起こるべくして起こるものであるが、これを遂行するのは人である。自然が起こすのではない。であれば、その天竺再来に日本も協力しようと呼びかけたい。変化を起こす側で協力することによって少しは自分の気に入る方向性に変化をもって行けるのではなかろうか。
自分は世の中の変化に対して順応できると自負するのでなく、少しでも自分の目指す方向に変化を近づける努力を各個人がやらなければ地球号は理想に近づけない。企業においても、我が社はどんな変化にも対応できるなどと嘯くのではなくて、我が社に有利に変化を起こす努力が必要であろう。インドの変化の方向を捻じ曲げるのではなくて、自分の理想や、我が社の考え方に少しでも有利になるような協力をしたいものである。
そこで日本がインドの変化に寄与できる可能性について提案する。
  国際的関係(外交・政治)
優秀なる日本の官僚とインド官僚と策略で今や両国は戦略的関係にまでなった。同盟関係を結ぶには政治的な問題があるが、準同盟関係は官僚の努力で可能であることを立証した歴史的快挙であると分析する。

国連でインドを安保常任理事国への推薦をすべきであると筆者はここ15年来唱えてきたが、これをまさに今奨める時期であると考える。日本よりインドが相応しいという議論を進めるべきであろう。

同盟国アメリカをまじえての3国関係の確立を図るべきであろう。日本とアメリカの同盟関係はインドも十分理解している。アメリカもインドと日本の関係を注視している。であれば、3国で立体的な関係が組めないであろうか。対中国牽制にも大いに意義が有ると考えるのだが。核、武器、安全保障、海賊、海軍、ITはなすことは山ほどあろうに。

世界のブロック化の中でのアジア
宇宙船地球号の中では、ブロック化が進んでいて、EUが50年かけて漸くブロックの具体化に踏み切った。アメリカ大陸は今後ともアメリカの影響力をどのように周辺国に及ぼしながら反発を除去する気長な作業をアメリカがやってゆくであろう。

アジアでは印・中・日が3本柱になり、アジアでの問題解決の中枢になるようにもって行くことが必要であろう。この3国は問題解決の答えを出すほうにまわり、問題を提供する側になってはならない。

EUがキリスト教をその軸に持っているように、アジアブロックを作るには、アジアの共通認識の探索を先ずやることが必要であろう。

経済開発
経済開発に関して日本はインドに色々提案できると思う。

ロジスティックについては東海ベルトの開発の成功例もあり色々提案できそうであるが、その中で特に、港湾・航空・道路・鉄道関係などを中心に置いたらと考える。日本の専門家をインド政府の関係部局に10名〜20名送り込む提案をしてはどうかと思う。

海洋開発については、共同研究所を設立して、海洋生物資源開発と海底資源開発に取り組む構想もよいであろう。

農業開発では、バイオテクノロジーの共同研究を行い、インドの特殊性にあった品種開発、新種の農産物のインドへの紹介などを考え、蚕糸試験所のインドへの移転、21世紀の食料とも言われるキノコ研究Instituteの設立などを提案したらと考える。

又、永野構想である、水利開発ヒマラヤの水をデカンの可耕地へのプロジェクトを再開してはどうか。

エネルギー開発については、水力・火力・風力・リグナイトの利用技術の開発・化石燃料からの脱却へ技術の共同開発・原子力ついての協力を考えたい。探査技術の共同開発、実際の探査、採掘、精製などの提案をしたいものである

宇宙開発についても共同打ち上げ、共同研究、ITなどでの協力を考えたい。
地域開発でも日本は提案できると考える。

ニコバル・アンダマン諸島の平和総合開発は周辺国のマレーシア、シンガポールに政治的安心を与え外交的にも意味のある開発となろう。
特定州のたとえばオリッサ州の総合開発などを提案してどうか。

文化・教育
研究者、学者の相互訪問・留学、研究機関・大学の協定関係、姉妹都市の締結、共同研究機関の創設、前にも述べたアジアの共通認識の模索、日本の最近45年史の検討を行いその光と影をインドの今後の50年の参考にしてもらうとか色々あろう。

第34回日印経済合同委員会を省みて
日本側は大変な熱であったが、インド側は午後の全体会議には10名足らずしか出席しておらず興味喪失の現状であった。その原因は、面白くない、興味が無い、魅力的な提案が無かったからであろう。同時並行的に、他国はもっと魅力的なアプローチをしているようであった。
筆者はそれを見て上記の提案を敢てする次第である。

更に、ここらで日本会館の設立をアジアで最も親日的な国で行うべき時期だろうと思う。
そして、戦略的関係の国に対して、もっとコミットすべきであり、教えを乞わねばならない。日本は教える立場でないのかもしれない。相互依存の関係の関係を考えようではないか。
 

親しいインド人からの言葉を最後に挙げる。
「第一次、第二次世界大戦のときの勇気や覇気はもう日本人には無いのですか?」
「リスクを踏まねばリターンは無いことを日本人は理解しないのでしょうか?実際はインドにはそんなリスクは無いのですが。」
「日本人はもう失うことを恐れる国になったのでしょうか?」
「現状維持では新しいものは生まれないことを忘れたのですか?」
 
筆者の蛇足をつける。
「インドでうまく行かないのをインドの所為にする間は、インドでは成功しない。」

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